『日本経済新聞』社説 2013年10月21日付
企業の創意生かす競争力強化策に
安倍晋三政権が6月にまとめた成長戦略「日本再興戦略」が実行の段階に入る。政府は産業の新陳代謝を促す産業競争力強化法案を今国会に提出した。国際的なビジネス環境を整える国家戦略特区の関連法案も準備している。
デフレからの早期脱却を目指し、成長戦略の軸足を企業の支援に置くのはいい。日本経済の主力エンジンである企業の活力を引き出し、設備投資や雇用、賃金を生み出す力を高めることが、国民生活を向上させる結果にもなる。
過剰な介入は避けよ
だが経済再生の成果を急ぐあまり、国が過剰な介入に乗り出すのでは困る。企業の創意工夫や自主的な経営判断を妨げないような成長戦略の運用を望みたい。
産業競争力強化法案は2013年度からの5年間を、成長戦略の「集中実施期間」と位置づけた。施策の内容や実施期限、担当閣僚を定めた実行計画をつくる。
事業の再編や先端設備の導入、ベンチャー支援に動く企業を法人税減税などで優遇する。車の自動運転のような先端技術の実証実験に取り組む企業に、特例的な規制緩和を認める制度も設ける。
日本では同じ業界に多くの企業がひしめき、過酷な消耗戦を続けている。先行きに自信を持てず、投資に二の足を踏む企業も少なくない。過剰な規制は新規事業の開拓を阻み、リスクマネーの不足は起業の障害になっている。
こうしたゆがみを是正し、産業の新陳代謝や需要の創出を促すという法案の趣旨に異論はない。一連の法人税減税や規制緩和にも一定の効果は期待できるだろう。
法人税減税には生産性や利益率などの基準を設け、特例的な規制緩和には安全性の確保といった条件を課す。詳細は省令や告示で定めるが、企業の使い勝手が悪くならぬよう注意した方がいい。
問題は国の干渉が強まりかねない点だ。今回の法案には、供給過剰などで事業再編が必要な業界を国が調査・公表する規定もある。国が成長分野と衰退分野を選別し、特定の方向に企業を誘導するのがいいことだとは思えない。
期限つきの政策減税や規制緩和の特例には、政治家や官僚の裁量が働きやすい。優遇措置の見返りに企業に過度の圧力をかけ、無理な賃上げや投資の拡大を迫るようなことがあってはならない。
国家戦略特区は厚い岩盤に阻まれた規制改革の突破口だ。医療分野では混合診療の対象や外国人医師の受け入れを拡大し、病床規制を緩和できるようにする。
教育分野では公立学校の運営を民間に委ね、大学の医学部を新設することを認める。都市分野では都心への居住を促す容積率の緩和、農業分野では農地利用の効率化に向けた農業委員会の権限縮小などが可能になる。
法案の成立を見越して準備を始めた自治体もある。国際空港を擁する千葉県成田市は、国際医療福祉大(栃木県)が計画する医学部・付属病院の誘致に名乗りをあげた。海外からも医師や患者を招き、一般の会社員世帯が払える学費に抑えることを売り物にする。
雇用分野では有期雇用の期間拡大を検討したが、厚生労働省が現行5年の有期期間を全国一律で10年に延ばす法案の提出を約束した。これも国家戦略特区の効用といえるだろう。
特区を再生の起爆剤に
政府の規制改革会議がふがいないだけに、先兵役の責任は重い。この特区をうまく活用し、経済再生の起爆剤にすべきだ。
安倍政権の成長戦略はこれで終わりではない。産業競争力強化法案や国家戦略特区が重要なのは確かだが、これまでに打ち出した施策の満足度が高いとは言い難い。
復興特別法人税の廃止に続く法人実効税率の引き下げや、医療・農業の岩盤規制の改革に踏み込むべきだ。成長戦略を絶えず進化させる首相の指導力が試される。
企業の経営努力も問われるだろう。安倍政権が14年4月の消費税増税を決断した一方、多くの法人税減税を実施する点については「企業優遇」との批判が絶えない。企業収益が増えても、雇用の拡大や賃金の上昇という恩恵が家計に及ばないとの不満も根強い。
安倍政権は「6重苦」ともいわれた企業の障害を、曲がりなりにも取り除きつつある。それでも企業が手元資金を積み上げ、必要な投資や従業員への還元を渋るのでは、経済再生の弾みがつかない。
長い目でみた収益基盤を固めるために何を育て、何を捨てるのか――。国の政策に注文をつけるだけでなく、企業自身の成長戦略も語らなければならない。