記者の目:大学入試改革 入学後の成長見据えて=水戸健一『毎日新聞』 2013年10月17日付

『毎日新聞』 2013年10月17日付

記者の目:大学入試改革 入学後の成長見据えて=水戸健一

大学は入試を通じて教育理念に合った学生を選ぶ。だが、その「物差し」を独自に作れない大学が増えている。今春の入試で問題の作成を予備校や専門業者に外注していたのは全国98大学(私立97校、公立1校)。私たちはこの事態を大学の衰退の象徴と捉え、入試の現状と課題を連載「さまよう入試」で報じた。現在の大学入試は受験生本位のものになっているのか。改革の方向性はどうあるべきか。連載を終えた今、改めて考えたい。

◇試験の種類増え教員に重い負担

2007年度に問題を外注していた大学は71校(私立大のみ)だった。文部科学省は中立性、機密性を守るため、全国の大学に「作成は大学の方針に基づき、自ら行うことを基本とする」と通知したが、歯止めがかからない。入学希望者が入学定員を下回る「全入時代」を迎えて学生獲得競争が激化する中、各大学が受験機会を増やし、何度も挑戦できることを「集客」の売りにしていることが大きな要因だ。

多くの私立大は複数の日程から受験日を選べる日程選択制の導入を進めている。受験生は何度も同じ学部、学科に挑戦できるが、問題の内容は当然、受験日ごとに異なる。地方会場で受験する機会を設けたり、全学部が共通の問題を使う統一入試を実施したりする大学も少なくない。問題作成を請け負う予備校関係者は「入試で必要とされる問題の数は雪だるま式に増えている」と言う。大学の現状に詳しいジャーナリストの石渡嶺司さんは「入試の回数が増えても作問担当の教員が増えるわけでない。負担が年々、重くなっている」と説明する。

大学の設置基準が緩和され、教養部が1990年代に相次いで廃止された結果、高校で学ぶ各教科に精通する教員が減少したことも外注増加の背景と言われる。文科省によると、12年度入試の出題ミスは133校で218件。10年前から大学数、件数ともにほぼ倍増した。予備校関係者は「選択肢に正答がないものから問題として成立していないものまである」と質の低下を嘆く。

問題の質を維持するためには外注はやむを得ないのかもしれない。だが、そうだとしても外注している大学名が公にされないことには納得できない。受験生からすれば、問題自体が大学の特色を知るための重要な情報だ。外注の事実を明らかにしない大学の態度は、食品の「産地偽装」に近い。機密を守る必要があるので外注先まで明かす必要はないが、せめて外注している大学名は公表されるべきだ。

◇「調査票」底上げ 高校にも一因

ただし、入試がゆがんだ原因は大学だけにあるわけではない。偏差値重視の選抜を見直そうと、90年代以降、アドミッション・オフィス(AO)入試が私立大を中心に急速に広まった。面接や作文などを受験生に課す人物重視の入試だ。AO入試や推薦入試で私立大に入学する学生は全入学者の5割を占める。

学力試験のない入試で、大学は高校が生徒の成績を5段階で評価した「調査票」を合否の判断材料に使う。だが、関西の私立高の男性教師は「ほとんどの生徒が4か5。よっぽど悪い生徒で3」と明かす。東京都内の大学に勤務する元高校教師の女性は「保護者に評価のつけ方を指摘されることが何度もあった。必然的に高い評価の生徒が増えた」と話した。これは送り出す側の問題だ。ある私立大の男性教授は「絶対評価だから信用できない」とぼやく。

石渡さんは「早い時期に学生を確保したい大学と、一人でも多く現役で合格させたい高校。それぞれに思惑がある」と双方の責任に言及する。学力試験に中学レベルの問題を出す大学があり、AO入試も形ばかり。大学に入るハードルは確実に下がり続けている。しかし、形骸化した入試をパスして入学した学生は果たして幸せなのか。大学の講義についていけない学生もおり、一部は退学を選択する。

政府の教育再生実行会議は11日、1点刻みのセンター試験に代わり、結果を段階別に示す共通テストと、高校在学中に学習到達度を確かめる新テストの導入を検討する方針案を示した。後者はAO、推薦入試での活用が見込まれる。

これまでの入試改革は、選ぶ側の大学が中心となって進められてきた。しかし、在学中に受ける新テストは、高校が関与する余地が多分にあるはずだ。生徒を大学に入れることだけを目的とせず、大学入学後の成長も見据えた関わり方を高校に期待したい。(社会部)

 

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