『日本経済新聞』社説 2013年10月17日付
ネット講義を広めて大学改革に生かせ
大学の授業をインターネットで無料で配信する動きが世界で広がり、日本でも来年春にサービスが始まる。多くの人に教育の機会を広げ、大学の知名度を高める手段としても期待は強い。これを大学改革や国際競争力の強化にどう役立てるか。産業界とも連携して知恵を絞ってほしい。
ネットによる授業配信は「大規模公開オンライン講座」と呼ばれる。先行する米国ではハーバード大などが配信会社を設け、世界の有力大学約150校、550以上の講座を配信している。修了しても「単位」にはならないが、受講者は700万人を超えた。
ネット講義の利点は誰もが受講でき、学びの場が広がるだけではない。最大数万人が聴く授業の魅力を高めるため、教員は創意工夫を迫られる。教室での授業の役割は重いが、今のように知識詰め込みでよいか見直す契機になる。漫然と教え続ける教員は淘汰され、大学を変革する可能性が大きい。
だが日本では対応が遅れ、東大が9月以降、米配信会社を経由して2講座の公開を始めたのにとどまる。教員の多くが新しい情報技術の活用に消極的で、ネット講義を、既得権益を脅かす黒船のようにみる教員もいるという。
出遅れに危機感をもつ国内の大学や企業が集まり、先週、産学の推進協議会が発足した。東大、京大、早稲田大、慶応大など少なくとも13大学が来春、それぞれ1講座以上の配信を始めるという。
参加大学や講座数を増やすため、まず大学関係者の意識改革を求めたい。日本の大学の研究水準は世界に引けを取らないが、情報発信が貧弱で留学生集めも苦戦している。大学の魅力を国内外に発信し、意欲の高い学生を集めるのにネットをもっと活用すべきだ。
産業界が協力する余地も大きい。ネット講義は膨大な数の受講者を集め、それぞれの理解度に応じて教材を作るなど「ビッグデータ」の塊とされる。企業が技術開発を支援し、受講者に使いやすいサービスになれば、新たな教育ビジネスの芽にもなるだろう。
米国ではネット講義で優秀な成績をあげた学生の就職を企業に仲介する動きがある。これには賛否があるが、ネット講義が国境を越えた人材獲得競争に使われ始めた現実も見据え、日本独自の配信サービスを定着させたい。受講者データの保護や利用について協議会がルールを作る必要もあろう。