談論風発 : 山陰法科大学院の連合化/構想実現へ地域の支援を 山陰中央新報 2013年9月7日付

山陰中央新報 2013年9月7日付

談論風発 : 山陰法科大学院の連合化/構想実現へ地域の支援を

弁護士 広沢 努

「こんな残念な町の残念な列車のためによくそんな必死になれるね」

連続テレビ小説「あまちゃん」序盤のキョンキョン(小泉今日子さん)のせりふである。「町」と「列車」を他の言葉に置き換えれば、あらゆる場面に応用可能だ。例えば、私に対する揶揄(やゆ)はこうなる。

「こんな残念な県の残念な大学のためによくそんな必死になれるね」

島根大学大学院法務研究科(山陰法科大学院)を修了して弁護士になった私は、新聞やテレビで母校の存在意義を繰り返し訴えた。2013年3月に設立された山陰法科大学院支援協会の事務局長を引き受け、5月には日弁連ホームページに紹介記事を執筆した。その矢先、6月18日の山陰中央新報1面トップに「山陰法科大学院募集停止」の見出しが躍った。「国立初、15年度から」とも。

しかし、島根大が決定したのは単なる募集停止ではない。記事をしっかり読めば分かるが、最大の眼目は、他の法科大学院と連携し、15年度にキャンパス分散型の広域連合法科大学院として再出発すること。つまり、山陰唯一の法曹養成拠点は他の法科大学院の分校のような形で存続していく。

山陰法科大学院の設立は最後まで困難を極めたと聞く。難産した教育機関を安易に廃止してしまう大学は、それこそ残念な大学だ。「大学改革実行プラン」(12年6月、文部科学省)による国立大の再編が加速すれば格好の整理対象となり、骨抜きにされかねない。

 

大学だけではない。官民挙げて誘致した法科大学院の撤退を黙認するような地域は見くびられる。財政再建の名の下に、国の出先機関は合理化される。人口減少社会を迎え、効率化、重点化の世の中だ。県外資本の撤退も現実味を帯びる。

私を支援活動に駆り立てるのは、感傷的な愛校心とは違う。これ以上残念な県にされてたまるかという焦燥感にも似た思いがある。法科大学院は小規模な1研究科だが、それを切り捨てることで地域にはね返る損失を憂慮しているのだ。

とはいえ、心配してばかりもいられない。泣いても笑っても島根大単独での学生募集は今年が最後。法曹養成教育の空白を避けるには、目標通り15年4月に広域連合法科大学院構想を実現させなければならない。一年でも遅れたら、広域連合の魅力が失われるにとどまらず、島根大の姿勢が厳しく問われる。構想が頓挫した日には、大学に対する地域の信頼を裏切ることになる。8月末にようやく連携相手が明らかになったが、島根大は構想の具体化と実現に全力を挙げるべきだ。

言うまでもないが、全国初の試みを成功に導く上で地域の支援は欠かせない。企業や自治体には、司法試験の合否にかかわらず修了生を積極的に採用してもらいたい。在職のまま山陰法科大学院で研修できる制度も歓迎だ。修了後の生活の不安を緩和すれば志願者増につながるし、入学後は勉強に集中できる。採用する側にも利点がある。殊に、紛争に発展しかねない法的問題の早期発見が期待される。松江市教育委員会に修了生がいれば、「はだしのゲン」騒動など起きなかったであろう。

島根大が自認するように(島根大学憲章)、大学は地域の知の拠点だ。田舎であればあるほど大学の存在感は大きく、大学の教育研究の成果が地域の潜在能力に直結する。残念な地域は、残念な大学によってもたらされる。大学はそのことを自覚し、象牙の塔を脱してほしい。

大学の在り方をどう考えるかが、この地域に生きる私たち自身の課題として突き付けられている。山陰法科大学院の問題は、その一端にすぎない。

……………………………

ひろさわ・つとむ 弁護士(熱田・廣澤法律事務所)。出雲市出身。東京大学法学部卒業。島根県職員などを経て山陰法科大学院修了。日弁連法科大学院センター委員、島根県弁護士会ロースクール委員長、山陰法科大学院支援協会事務局長などを務める。

 

Proudly powered by WordPress   Premium Style Theme by www.gopiplus.com