「輸出産業」として大学に競争力を 『日本経済新聞』社説 2013年8月18日付

『日本経済新聞』社説 2013年8月18日付

「輸出産業」として大学に競争力を

高等教育のグローバル競争が激しくなっている。留学生を受け入れたり、大学の分校を海外に設けたり、講義をネット配信したりすることで、世界の人材を囲い込もうという動きだ。

狙いは大学をはじめとする高等教育機関の経営の安定、さらには外貨の獲得や雇用の創出だ。いわば「輸出産業」として教育を位置づけ、その顧客である学生をひき付ける力を競い合っている。

 

豪州4位の外貨獲得

官民挙げた取り組みで成果をあげてきた代表的な国は、オーストラリアだろう。昨年秋に発表された報告書によれば、2009年に受け入れた留学生は100以上の国から50万人超に達した。

留学生の学費や生活費など、直接・間接に稼いだ外貨収入はおよそ173億豪ドル(約1兆5000億円)。同年の輸出総額の8%を占め、鉄鉱石、銅、金に次ぐ4位の「輸出品目」だった。

豪州政府が教育を輸出産業と位置づけたのは1980年代。留学生を消費者として保護する仕組みや、信頼できる情報を提供する仕組みなどを整えてきた。

英国では1999年、当時のブレア首相が戦略産業として教育を振興する方針を打ち出した。ニュージーランドも英語を母国語とする強みを生かし先行してきた。

英語圏の外でも動きは広がっている。フィンランド政府は2009年に、輸出産業としての教育の振興に乗り出した。「ノキアに続く成長のエンジンに」と関係者は意気込んでいる。

日本政府は1983年、年間10万人の留学生受け入れを目標に掲げ、2003年に達成した。その実績を踏まえ2020年をメドに30万人を受け入れる計画を進めている。ただ、政府も大学も輸出産業と位置づける意識はなお薄い。

産業の側面だけで教育を考えてはならないのは当然だが、産業としてとらえる視点が役に立つのは確かだ。豪州では留学生向け教育サービスの質を確保するための評価機関を、政府が関与して設けている。品質管理も格付けも産業界ではおなじみだが、こうした取り組みは日本では弱い。

輸出産業として考えると英語圏の国々が有利なのは否定できない。英語による授業でグローバル競争に打って出ようとしている日本の大学もある。一方で日本語を学ぶ海外の若者が増えているのも事実だ。しっかりした日本語教育を提供することで日本語による授業も競争力を高められるはずだ。多彩な取り組みがあっていい。

 

留学生の送り出し大国である中国は近年、受け入れ国としても台頭している。原動力の一つは、共産党政権が世界各地に展開している中国語学校「孔子学院」だ。一党独裁体制ならではの独特の仕組みではあるが、語学教育の役割を考えるうえで参考になろう。

そもそも英語圏でも、海外の学生が大学の授業を受けるには高い水準の英語力が必須で、政府も大学も民間の語学学校の活用に熱心だ。日本語学校という民間活力をどう生かすのか、政府と大学は問われている。

 

ネット講義も不可欠

ここにきて世界規模の競争を一段と激しくしているのが、情報技術(IT)の広がりだ。大学の講義をネット経由で世界に発信する「公開オンライン講座」が急拡大し、大学の国際的な知名度を高め留学生を集めるのに不可欠の手段となりつつある。

先行する米国では、スタンフォード大やハーバード大などが専門の配信サービス会社を設け、他の有力大学も巻き込んで500以上の講座を提供している。開始から2年足らずで世界の受講者は600万人に膨らんだ。

膨大な受講者の成績などを「ビッグデータ」として活用し、企業に学生を紹介する動きも広がる。英国では米国に対抗しようとする産学官の連携が動き出した。日本の出遅れは明らかだ。いまのところネット配信の計画は東大と京大の計3講座にとどまる。

留学生の受け入れは、将来の成長を支える人材を引き寄せ、同時にソフトパワーの面で国際的な影響力を高めようとする、戦略事業だ。自らの社会の多様性を育もうとする取り組みでもある。

競争力の中核を担う教育の質の向上に加え、海外の若者たちが日本に行きたいと思うような魅力的な社会づくりも問われる。

 

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