「選択と集中」の弊害 研究資金、すそ野広げよ 京都大学前総長 尾池和夫氏『日本経済新聞』2013年6月13日付

『日本経済新聞』2013年6月13日付

「選択と集中」の弊害 研究資金、すそ野広げよ 京都大学前総長 尾池和夫氏

 「選択と集中」が大学の研究のあり方をゆがめている――。尾池和夫・京都大学前総長はひとつの分野に巨額予算を投入する研究支援のあり方が、成果を生み出していないばかりか、ほかの研究に回すべき資金を使ってしまうと指摘。そのうえで「研究の裾野を広げることが重要で、『広く浅く』を原則にすべきだ」との考え方を示した。 

 ――企業から大学を変えるべきだとの声があがっている。

 「大学を変えようと国立大学が法人化されたとき、京大の総長だった。『競争のもと個性輝く大学に』といわれたが、競争したらみんな同じゴールに向かうので個性が無くなる」

 「国立大学にはもともと設置理念がなかったが、京大は自由の学府という看板を持っており、変える必要はないと主張した。大学がころころ変わる国はろくな国ではない」

 「ただ法人化するというので、事務局長制度を廃止した。事務局長がいると天下りが来て総長と対立する。文部科学省から独立するシンボルとしてやった」

 ――大学教育に問題はなかったのか。

 「教育に関して京大の先生はダメだった。自分の研究ばかりやっていた。帝国大学の時は『研究』、新制大学は『研究と教育』を掲げてきたが、法人化に当たって『教育と研究と社会貢献』を掲げた。学生がいなければ大学は成り立たず、教育は第一だ」

 ――国際化への対応が重要だといわれている。

 「国際化は自国の文化を大事にして、多様性を認める概念だ。日本の場合、自国文化を学べる環境が少ないのではないか。自国の文化を学び、それを外国に説明できる外国語を身につける必要もある」

 「国際標準にあう教育システムは大切だ。大学教員の教育能力の向上、講義計画の作成のほか、英語だけで単位が取れる授業形態の導入にも取り組んだ。国際標準で認証評価を受けた大学でないと、卒業生が外国で仕事ができない」

基礎研究を重視

 ――京大総長の時、後にノーベル賞を受賞する山中伸弥氏を招いた。大学の研究体制をどう構築していけばいいのか。

 「大切なのは基礎になる幹細胞で、その研究部門を設けていた。山中氏はそういうところでiPS細胞の研究をしたいと考えた。基礎研究を重視し、研究者の居場所をつくることが重要だ」

 「歴史的には明治時代に日本は欧州から大学制度を欧州にはない形に変えて導入した。文学部のなかに哲学を取り込み、神学は採用せず、欧州にはない工学部をつくった。工学で近代化を急いだ」

 「大学は本来、基礎研究をやるところ。工学部と(基礎研究を手がける)理学部の定員の比率を見ると日本の工学部偏重が突出している。企業が『すぐ使える技術を』というのを、形の上でやってしまった。欧州のつまみ食いをしただけで、まだ成熟していない」

「広く浅く」基本

 ――大学教育、研究の内容で変えるべき点は。

 「選択と集中といいながら切り捨てをやって、裾野を狭くするからトップの人材が育たない。裾野を狭くして高いものをめざすスカイツリー型より、裾野の広いピラミッド型にしないと」

 「ノーベル賞の受賞者を増やすには、若い研究者を増やすことが重要なのに、逆に絞り込んで、中途半端にできあがったところに予算を集中している。また研究資金は目的をしっかり書いたものにしかつけないため、競争的資金になりがちだ。競争的資金は、実績を積んでいるところが取る。そうすると同じことをまたやるだけで、新しいものが出てこない」

 「集中をやめる、広く、浅く、満遍なくというのを日本の基本政策にしないと。功なり名を遂げた人の研究費を減らし、その分売れていない先生に回すことも必要だ。そうすると日本は10年もたたないうちに良くなる」

 ――大学の研究分野で欠けている点は。

 「理学で見れば、欠けたところだらけだ。ただ研究に優先順位はない。優秀な研究者がいて、その人がやりたいことをすることだ。つまらない研究者を無理やり引っ張ってきてもマイナスにしかならない」

 おいけ・かずお 地震学者。京都大学理学部卒。京大総長から国際高等研究所所長を経て、現在は京都造形芸術大学学長。73歳

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