育たぬタフな若者 大学は変われるか、多様化の先は『日本経済新聞』2013年6月15日付

『日本経済新聞』2013年6月15日付

育たぬタフな若者 大学は変われるか、多様化の先は

 「気弱な男子学生も外見に気配りゼロの女子学生もみんな就職させてきました。大丈夫、お子さんも内定が得られます」

 一橋大がこの春、新入生の保護者向けに開いた説明会。他大学から移ってきた就職支援専門の教員が力強く言い切った。

■家族に手紙

 ある母親(52)は「息子はやりたいことがはっきりせず就職が心配だった。安心した」と笑顔をみせる。

 大学側が助けなくても大企業の内定を得る学生が多く「就職貴族」とまで呼ばれた一橋大が就職活動の支援に力を入れ始めた。職業観を養う授業を新設。複数の内定を得た学生には辞退の方法まで教える。

 自主性を尊重し学生を放任してきた名門大で、学習方法や大学生活を手取り足取り教える動きが広がる。成績が悪いと家族に手紙を送るなど親も巻き込んだ手厚い対応にOBも驚く。山内進・一橋大学長は「新卒に求められる力の水準は上がり親も子供を心配する。大学も社会の変化に合わせる必要がある」と話す。

 「グローバル社会をたくましく生き抜ける人材に」「世界で活躍を」。各大学の学長は入学式などでそろって「タフになれ」と呼び掛ける。だが、学生への対応は正反対にみえる。

 近畿大は今年、交流サイトのフェイスブックに新入生専用のページを設けた。孤立を恐れる学生が多いことに配慮し、入学前からネット上で「友人」を作ってもらう試み。入学者の約1割の千人がすぐ登録した。

 京都市の立命館大周辺には毎朝、50人の警備員が立ち、学生の通行マナーに目を光らせる。「地域に迷惑をかけないようにするのも大学の責任」という。

 高校生の2人に1人が大学に進むようになり、学ぶ目的や意欲が乏しい学生が増えた。丁寧に育てられ、受け身の姿勢も強い。ベネッセコーポレーションが大学生約5千人に実施した調査では「自分で発表をする演習よりも教員の話を聴く授業が良い」と答えた学生は8割に達した。

 「試験に出る大事な所を教えてください」。東京大で物理学を教える清水明教授は学生からいつも同じ質問を受けてうんざりする。「与えられた課題をこなす塾の勉強方法が染み付き、自分の頭で考えられない」

 それでも手厚い指導に歯止めはかからない。少子化が進むなか、面倒見が悪いとの評判が立てば学生が集まらなくなるからだ。

■あえて放任

 社会が求める人材との隔たりは大きい。金子元久・筑波大教授の調査では企業の人事担当者の7割近くが最近の大卒者に「人格的な成熟度の不足」を感じていた。主体性に欠け、打たれ弱い若者が多いという。

 打開策が今春、東大で始まった。入学直後に1年間休学してボランティアや留学などをする学生を募って支援する「FLYプログラム」。あえて学生を放任することで受け身の姿勢をリセットし学ぶ目的を明確にする試みだ。1期生の11人が近く海外などに旅立つ。

 「東大生なら有意義に過ごせても、うちの学生には難しい」(中堅私大)との声もある。タフな若者をどう育てるか。答えを出せなければ社会が危うい。

 国際社会の競争激化に伴い、大学の役割が重みを増している。多様な学生が多様な大学で学ぶ時代。待ったなしの変革を迫られる大学の鳴動を探った。

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