センター試験廃止検討 真の教育改革へ議論を『中国新聞』社説 2013年6月8日付

『中国新聞』社説 2013年6月8日付

センター試験廃止検討 真の教育改革へ議論を

 大学入試をどう改革するかは日本の教育全般、さらには学歴社会の行く末に関わる問題といえよう。国づくりを支える人材養成である。5年間の論議で決着できるだろうか。

 文部科学省が大学入試センター試験を廃止する検討に入った。早ければ5年後、高校在学中に年2~3回受ける「到達度テスト」を設けて置き換える方向という。

 センター試験が受験生に与えるプレッシャーは大きい。試験前日に風邪をひいたり、当日に電車やバスが遅延したりと、運にも左右される。

 それを別のテストに置き換えても、点数で評価される限り、高校生活は単に慌ただしくなるだけかもしれない。

 到達度テストの導入は自民党が昨年の衆院選で政権公約に掲げた。政府の教育再生実行会議が今後、大学入試改革の方策として議論を深めていくようだ。

 政府はまず、制度を変更する必要性と目的について、国民に説明を尽くす責務があろう。

 戦後、国立大学は一期校と二期校に分かれ、受験機会が2回あった。しかし大学間格差が固定化し、入試に難問や奇問も目立つとして、1979年に導入されたのが共通1次試験だ。私立大の参加を広く促そうと90年には現在の呼称に改められた。

 受験生が自らの学力を相対的に把握する意味は大きい。難問や奇問も減ったようだ。

 とはいえ課題も少なくない。よく言われる批判の一つが、筋道立てて問題を解く思考能力を育んでいないこと。マークシート方式は当てずっぽうでも正解となる場合があるからだ。

 受験生の得点1点刻みで大学の序列化はいっそう進む。どの大学を卒業したかが就職などでものをいう学歴社会は厳然としてあり、それが受験競争に拍車を掛けている。

 それが到達度テストで変わるだろうか。制度の具体化はこれからだが、疑問は尽きない。

 複数回のテストから最も良い成績を受験生自身が選んで大学に志願することになりそうだ。一発勝負に伴う心理的負担は確かに減るだろう。

 高校生が落ち着いて勉強できる環境になれば、基礎学力アップも期待できよう。しかし、逆に高校の授業が受験対策一色に染まりはしないか。

 テストに小論文などを積極導入すれば論理的な思考を測る物差しとなろうが、全国で評価基準を統一するのは至難の業に違いない。しかも大学側が2次試験としてそれぞれペーパーテストを課せば、受験生が対策に迫られることも変わらない。

 浪人生だけでなく帰国子女や海外からの留学生にも対応した制度になりうるか。高校卒業程度認定試験(旧大検)との関係も整理しなければならない。公平な入試とするには、緻密な制度設計が必要となりそうだ。

 安倍晋三首相はおとといの教育再生実行会議で「大学入試に過度にエネルギーを集中せざるを得ないことが問題だ」と述べた。問題意識はその通りだろう。ただセンター試験の廃止だけで全てが解決しないことは、首相も分かっていよう。

 主体的に学び、個性を伸ばし、社会で求められる自主的な問題解決能力をどう育むか。単にテストの平均点が上がっても、教育再生とはいえない。

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