『毎日新聞』社説2012年3月18日付
視点 大学入試改革 寅さんが説く「筋道」
映画「男はつらいよ」の第40作「寅次郎サラダ記念日」に、寅さんのこんなせりふがある。受験で悩むおいの満男に勉強の意味を問われて、戸惑いながら答えるのだ。
「人間長い間生きてりゃ、いろんな事にぶつかるだろう。そんな時、俺みてえに勉強してない奴(やつ)は振ったサイコロの出た目で決めるとか、その時の気分で決めるよりしょうがない。ところが、勉強した奴は自分の頭できちーんと筋道立てて、はて、こういう時はどうしたらいいかな、と考えることができるんだ。だからみんな大学へ行くんじゃないか、そうだろう?」
学力の基本が論理的な思考力であることをたくまずして言い当てている。だが、今の学生たちはどうか。またいささか心配な現実が日本数学会の「大学生数学基本調査」でのぞいた。
昨春の新入生を中心に約6000人に基本の問題を出した。
結果は、例えば4人に1人は小学校で習う「平均」の意味がよく理解できていない。中学、高校レベルの問題でも読解や論理的に証明するようなものに誤答が目立つ。背景にいわゆる「ゆとり」の授業減少が指摘されるが、入試の影響も大きい。数学の記述式問題を出す大学とそうでないところで、学生の正答率に顕著な差が出たという。
マークシート方式の大学入試センター試験は、当初これで各大学が受験生の基本的な学力を試し、大学個別の試験(2次試験)で選抜するという想定だった。しかし、大学の中にはセンター試験結果だけで選抜するところがあり、さらには、推薦やAO(アドミッション・オフィス)入試などで事実上教科学力試験がない方式も増えた。
進学率が5割を超す一方で少子化が進み、定員割れを起こすところも相次いだ事情がある。
しかし、調査で浮上したように入試のあり方と学力は密接な関係がある。仮にも、学生集めだけの“お手軽選抜”に陥ったら、大学教育や研究を衰退させかねない。
今、大学の秋入学移行論議がにわかに高まっている。秋移行はあくまで大学の国際化、高度化の手段で即効薬ではない。同時に入試も改めなければ意味がない。こういう意見が大学人の間から出ている。賛成だ。
手間をかけた入試を、と言うはやすく、確かに簡単ではない。
今年のセンター試験は問題配布ミスなどが発生し、文部科学省とセンターが再発防止の検証を進めている。それは必要だが、この際、大きく踏み込んで入試のあり方そのものの論議を高め、広げる時ではないか。(論説委員・玉木研二)