国際化への地ならし、学内改革始動 東大秋入学の行方(2)『朝日新聞』大学取れたて便2012年1月28日付

『朝日新聞』大学取れたて便2012年1月28日付

国際化への地ならし、学内改革始動 東大秋入学の行方(2)

 東京大学の浜田純一総長の記者懇談会が26日、本郷キャンパスで開かれた。秋入学の素案を公表した20日の記者会見以前に決まっていた日程だったが、もちろん質疑応答時間のほとんどが秋入学の話題に費やされた。

 浜田総長は「若い人が内向きになっているのではなく、社会の仕組みが内向きではないのか。それを変えるのが年長者の仕事。学生たちに『タフになれ、リスクをとれ』と言っているのに何もしないのは見苦しい。課題は山ほどあるが、政府や企業の反応はいい感触だ」と改めて秋入学について語った。

 東大は2012年度から各学部の始業時刻や授業時間を本郷、駒場のキャンパスごとにほぼそろえることを昨年1月に決めた。東大の歴史で初めてという。実はこのことは、秋入学を考えるうえで重要な意味を持つ。東大の特徴と、秋入学から国際化に向かう起点が表れているからだ。

■学内でも進む「標準化」

 大ざっぱにいえば、東大は戦後、旧制一高と東京帝国大学を統合して発足した。旧制高校とは、語学教育に比重を置き帝大進学の準備をする学校ととらえることができる。東京帝国大学は成り立ちから見て各専門学部の独立性が高く、それを総長が束ねていた。法的な役職名は「学長」にもかかわらず旧帝大トップが「総長」と呼ばれているのはそのためだ。

 各学部の授業時間をそろえることは、学生が他学部で授業を受けることが可能になることを意味する。それだけでなく他学部の単位を取得でき、学位の取得にまでつながる。学内に向けては他学部にどんな授業科目があり、それらがどのような内容かも示さなければならない。始業・授業時間をそろえるとは、学部間で「授業」のフォーマットを標準化したということだ。

 それぞれの学部の成り立ちが異なるため、この作業はかなりの労力を使ったと関係者は言う。理系では実験が授業と連動しているなどそれぞれ歴史が違い、学部の連続性を考えるとなかなか横を合わせにくいという事情があった。

 秋入学も似たようなことがいえる。海外への学生の送り出しは現状よりも秋入学のほうがしやすくなる。加えていうなら、入学だけでなく学期(セメスター制やクォーター制など)の始まりを合わせれば、授業もとりやすくなる。英語による授業の比率も高めれば、より海外からの受け入れと送り出しも実質化してくる。こうしたことが大学の国際化を進めることになる。

 ただし、秋入学だけでは、単に入り口を米国中心に合わせるということになり、本格的な教育の国際化にはならないともいえる。今回の秋入学移行案は、大学入試のタイミングを変えずに、合格後と入学までの期間のずれを社会体験などに利用しようというねらいが込められている。半年間というずれを国際化に伴うさまざまな要求と合わせるという、日本らしい使いこなしを考えている。

■国際化に向けた現状と展望

 それでは素案をみてみよう。詳細は東大公式サイト内の次のページで参照してほしい。⇒入学時期の在り方についての検討

 素案(中間まとめ)は資料編も含めて56ページ。「はじめに」の項目ではっきりと「国際標準となっている秋季入学へ全面移行」と言い切り、「入学前等のギャップタームを活用して質の高い多様な体験を学生に積ませる」という趣旨を述べている。さらに、国際化が進んでいない現状と春入学という現行システムの問題点、秋入学の長所短所、今後の東大としての構想、東大内部で必要な検討課題も挙げられている。

 それによると、留学生の受け入れが大学院生では全体の18.6%なのに対し、学部段階では1.9%。送り出しも大学院生で2.1%、学部生で0.4%と、とくに学部レベルの留学生の受け入れと送り出しが低いことがわかる(2011年5月現在)。英語による授業科目は学部で59、大学院で262(2009年度実績)。英語のみで学位取得できるコースも大学院36、学部2(2012年度、予定含む)となっている。語学以外で英語による授業の受講者は3割という。

 一方で、学生の留学への意欲や要望についての調査データも盛り込んだ。学部卒業生の4割が「大学の年間スケジュールなどが留学の妨げになった」との設問に肯定的な回答を選んだとのアンケート結果も紹介、「入学時期が変われば留学しやすくなる」と考える学生がある程度存在することをうかがわせている。

 秋入学をめぐる細かい議論についてここでは紹介しないが、「ギャップターム」という期間を9月入学前に設定するのか、4月入学としてそのあとに半年間置くのか、ということも検討。さらに卒業後の就職などを考え、4年後の8月卒業後から翌年春までを「ギャップターム」というとらえ方もできる、としている。優秀な学生のために大学院への早期アクセスも検討するという。全面的に秋入学に移行することを考えつつ、細部は柔軟に案を練っていくというスタンスがうかがえる。

■総長の権限、にこやかに肯定

 秋入学については入り口の課題とともに、一部崩れ始めているとはいえ3年生から始まる新卒一括採用の慣行や公務員試験、司法試験など就職、採用という出口の課題もある。これらに対して政府側は好意的に受け止め、「社会システムのなかで整合性がとれるよう検証する」(平野博文・文科相)などとの発言が相次いでいる。浜田総長が経済界の代表らと会う予定もある。

 前回のこのコラムでは「法人化で総長の権限が強くなったことが秋入学を提案できた背景にある」と指摘したが、今回の懇談会でもその見方を裏づける発言があった。1月7日付で文部科学省高等教育局長から東大理事(人事労務など担当)に出向、就任した磯田文雄氏の人事について、官僚の天下り人事だとして「おかしいのではないか。ねらいは」という質問があった。浜田総長は「この先の高等教育全般についての視野を持っている、ふさわしい人物。私の指示に従わない理事はすぐに辞めてもらう。文科省からの出向人事が一概に悪いとは思わない。総長には使いこなす責任がある」とにこやかに話していた。

 次回は、秋入学が投げかけた課題をどうとらえればいいのか考えたい。

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