法科大学院をたたけばいい?「大学版」政策仕分けの波紋『朝日新聞』2011年12月5日付

『朝日新聞』2011年12月5日付

法科大学院をたたけばいい?「大学版」政策仕分けの波紋

 政府の行政刷新会議による提言型政策仕分けの大学版が11月21日に東京都内であった。今回の仕分けは、従来のような無駄や非効率の指摘に加えて、政策的・制度的な問題に掘り下げた検討をした。政府の進める政策に対して改革の視点を国民と共有しようという考えのようだ。その結果を来年度の予算編成だけでなく、各省庁の中長期的な政策にも反映させようというねらいがある。

●往時の熱気も冷めて…

 大学をテーマにした仕分けの論点は最初から決まっていた。「日本の大学は世界に通用するのか」「日本の大学は多すぎるのか」「大学は人材を育てられるのか」「大学はどのように改革すべきか」の4点。

 民主党政権発足以来のこれまでの事業仕分けには会場に足を運んできたので、今回ものぞいてみた。これまではいい席を確保するためかなり早めに行ったが、今回は開催時間ぎりぎりになった。それでも、会場の一般傍聴席は空席が目立ち、座ることができたのは回答者の文部科学省幹部が並ぶすぐ後ろの正面。もっともやりとりが見渡せる場所だった。もちろんインターネットの動画配信が普及しているからでもあるのだろうが、行列をつくってようやく満員の席にたどりついた過去の仕分けの熱気は完全に冷めていた。

 国会議員や民間の評価者はもっぱら質問役で、参考人として京大総長と早大前総長が出席してコメントした。また、予算編成の面ともからむこともあって、財務省の担当主計官も発言した。

●「最後の聖域」主計官が苦言

 「世界に通用するのか」というテーマでは、英国の教育専門誌「タイムズ・ハイヤー・エデュケーション」(THE)のランキングで東大がアジアのトップながら世界の30位、京大の52位を含めて100位以内が2校という結果をもとに、国際競争力の有無や、世界の大学との財務体質の比較などがされた。

 ランキングについては、指標次第で順位も変わり、日本の大学の実力を正しく反映していないのではないか、という冷静な声が少なくなかった。ただ語学力を中心に、グローバルな人材育成に日本の大学が力を注いでいるのか、またその計測評価が十分ではないのでは、との指摘も強かった。財政基盤などは、各国の制度で大学にどの程度公的資金を投入しているかなどで濃淡が出るが、むしろ国際的な人材育成の観点から日本の大学教育への評価が低かったといえそうだ。なお、このテーマの「国際的な通用力の向上」については「大学による自己改革によってその実現を図る」という当たり障りのない提言になった。

 このやりとりのなかで注目されたのが、財務省担当主計官の発言。「財政難なのに教育経費が増加している。国際的に見ても日本の公財政支出は少なくない。論文も書かず、教育もしない人の生活費に回っているのではないか。少ないのではなく配分の問題だ。最後の聖域ともいえる。これだけ予算を拡充しているのに、国際競争力が低下している」と強い口調で主張した。すぐさま司会が「主計官が仕分け人みたいだ」と言って会場の笑いを誘った。

●ロースクール巡り激論

 続いて活発な議論が交わされたのが、法科大学院の問題だった。

 すでに法曹全体の目標人口は当初よりもかなり絞り込まれている。大学院によっては司法試験の合格率が相当低いところもあり、格差がつき始め定員は削減されるようになっている。しかももともとは他分野からの大学院入学を想定していたのが結果的には法学部からの学卒が入るようになるなど、大幅に当初設計は崩れている。目標の司法試験合格者のボリュームについてはある程度共通認識があったのに、条件さえ満たせば法科大学院の参入を規制緩和のなかで認めてきた、という出口と入り口の量的規制の不適合もあって、大学関係者や司法関係者の間では、法科大学院の制度的破綻は常識になっているほどだ。

 国会議員の評価者が次々と文科省に質問し始めた。

 「3千人という法曹要請目標が間違っている」「手段も間違った」「今はカネを持っているひとしか受けられない」「法曹を目指す人も減る悪循環、一刻も早く辞めるべきだ」「法科大学院は失敗だった」「法科大学院は教育効果が出ていないとはっきりしている」「これは明らかに失敗。誰にとっても不幸な仕組みだ。抜本的に統廃合などに踏み出すべきではないか」「どれくらい減らすのか。何校減らすのか」

 これに対し、文科省幹部は「法科大学院は、平成22年には年間3千人の合格者を目指す、との閣議決定があり、そういう制度設計で出来ている。しかし現実は2千人」「中央教育審議会で法科大学院を扱う委員会がある。入学定員は5800人から4500人に絞った。規模を絞っている」「法務省を中心に文科省、財務省、総務省でフォーラムをつくって検討している。法曹養成のあり方は先月から議論を始めている」などと答えた。

●「仕分け」の意義は?

 かなり激しいやりとりだったが、評価者側に対して疑問があるのは、この問題はすでにさまざまなところで指摘されていたことで何もここでの議論が初めてではなく、スピード感の問題はあるが文科省と法務省で対策を進めている最中のテーマだということだ。そのうえ、評価者の政治家が文科省に統廃合を迫ったところで、文科省が有無を言わせず「わかりました、統廃合しましょう」といえばそれこそ大学の自治に対する権力の乱用というものだろう。政治家はそういった基本をどの程度理解しているのだろうか。政治家がそこまでいうのなら、たとえば自分の選挙区に司法試験の合格率の低い法科大学院があれば、自らの力で政治的に問題を解消してはいかがか。単純にそれができないからこそ、この問題は根が深い。

 しかし、結局この問題も提言としては「法科大学院制度を抜本的に見直すことを検討する」ということになった。これも、当たり前といえば当たり前のことだろう。

 提言型仕分けには波紋があった。仕分けを受けて中川文科相が、中教審、産業界、一般の国民も含めた幅の広い議論が必要として、大学改革の協議体を年内に設け、議論を年明けから始めたいと記者会見で話した。年末までに人選し、年明けから本格的に議論するという話も出ている。また、12月1日の中教審大学分科会でもこの仕分けが報告された。出席していた委員からも政治家に対して強い批判の言葉が出ていた。

 この仕分けも政策形成過程のなかで予算編成などの参考として使われるのだろうが、今回本筋の政策に踏み込んだことで国会の議論そのものが空洞化する恐れもあるうえ、役所をたたいてみせるパフォーマンスとしての色彩がさらに強くなっている。そのことを割り引いて考えなければならない。

Proudly powered by WordPress   Premium Style Theme by www.gopiplus.com