大学の秋入学 鈴木敏之氏、佐和隆光氏『産経新聞』2011年9月2日付 

『産経新聞』2011年9月2日付

大学の秋入学 鈴木敏之氏、佐和隆光氏

 満開のサクラの下で花びらが舞う春に入学し、季節が巡って同じ春に卒業し、新たな門出を迎える。そんな春入学が定着する日本の大学で、入学時期を秋に半年ずらす「秋入学」について、日本が誇る最高学府の東京大学が検討を本格化させる。海外で主流の秋入学を導入し、国際化を進めようとの狙いがある。日本の大学で秋入学がもたらす効果はいかほどか。東大副理事の鈴木敏之氏と、秋入学に異を唱える滋賀大学長の佐和隆光氏に意見を聞いた。(田中充)


≪鈴木敏之氏≫

国際競争生き残りに必要

○海外大学と争うために

--なぜ秋入学の議論が必要か

 「大学は現在、厳しい国際競争にさらされている。秋入学を標準とする海外の有力大学は世界中から優秀な学生を集めたり、相互の交流を広げたりすることに力を入れている。こうした中で、現行の入学時期は競争力強化の制約要因となる可能性がある」

--入学時期を変更すれば国際化が進むのか

 「これまでも国際化に消極的だったわけではない。ただ、グローバル人材の育成に向け、社会が大学教育に求める水準は格段に上がってきている。世界的な視野を持ち、国内外で多様な人間と渡り合う交渉力がこれまで以上に求められている。入学時期の検討を含めた教育システム全体の点検・見直しが必要になっている」

--秋入学でどう変わるか

 「東大はグローバルキャンパスを実現し、学生の構成を多様性に富んだものにしたいと考えている。しかし、今年の留学生の受け入れ状況は、秋入学を部分的に導入する大学院が2960人で全体の18・6%であるのに対し、学部は276人で1・9%と非常に少ない。学部学生の海外留学は53人で0・4%にすぎない。秋入学だけで状況が一変するわけではないが、国際化に向けた大学改革の後押しとなる可能性がある」

○高校卒業後に社会体験

--高校卒業から大学入学まで半年間のギャップイヤーが生じる

 「入試時期を従来と変えなければ自由な時間が生まれる。その場合、海外での語学留学やボランティア活動の体験など、さまざまな自主的活動が行われれば望ましいだろう。大学も全くの放任ではなく、有意義な期間となるような支援をすることも検討課題になる」

--デメリットはないのか

 「現在の高校の制度を前提とした場合、大学を卒業する時期が半年延びてしまう。社会的・経済的なコストは決して無視できない。日本の優秀な高校生が海外の大学に進学する可能性もある。また、春卒業の大学と比較すると、就職の時期にもミスマッチが生じる。ただ、入学前や卒業後のギャップ期間を有効に活用できるならば、問題は緩和される。春季一括採用の慣行も変わりつつあり、財界関係者には『秋卒業であっても支障ないのでは』との意見もある」

--導入の実現性と、実際に導入できるとすればめどは

 「まだ議論の1合目。学内の合意形成も簡単ではない。導入する場合は細部にわたる仕組みを変え、受験生にも2、3年単位で周知期間が必要となるなど、相当の時間を要する。ただ、国際競争のスピードを考えると検討を始めるに早すぎることはない。待ったなしで議論を行うべき時機にある」


≪佐和隆光氏≫

大半が無駄に半年過ごす

--秋入学移行は大きな変革だ

 「小中学、高校が春卒業のまま、大学だけが入学時期を変えるというのは発想自体に無理がある。世界中を探しても、そんな国は聞いたことがない。仮に東大が秋入学を導入すれば、多くの大学が追随するだろうが、従来通りに春卒業のままの大学も残る。企業は、年に2回も新人研修を行わなければならないなどコスト増を余儀なくされる。長引く不況で国内企業が疲弊している中で、さらなる負担を強いることになる」

●受け入れ態勢がない

--半年間のギャップイヤーが生じる。活用できないか

 「言うはやすく、行うは難しだ。留学して語学を習得できるというが、負担をするのは親だ。親の経済状況によって、ギャップイヤーの利用機会が制限されれば格差が生まれる。ボランティア活動をすれば社会経験が積めるという声もあるが、数多くの学生を半年間だけ受け入れる態勢が日本に整備されているとは思えない。大半が、半年間を無為に過ごす結果になる」

--入学時期のずれが、日本の大学の国際化の障壁にならないか

 「日本の大学の国際化が遅れているのは事実だ。だが、入学時期を合わせたからといって、海外から優秀な学生が来るとは限らない。最大の障壁は、講義が日本語で行われている点だ。中国や韓国などアジアの優秀な学生は米国を中心に英語圏に留学する。そのための語学能力も習得している。日本の大学に来てもらうには、国費で奨学金を出し、日本語を習得してもらう必要がある。日本から優秀な学生を送り出す場合も、英語などの語学習得に一定の期間がかかる。語学学校で数カ月勉強した後に編入するならば入学時期のずれは大きな障壁にはならない」

●摩擦少ない3月入学を

--そうは言っても、現状を変えないと国際化は停滞したままだ

 「受験生や高校、企業の負担を極力抑える形で検討するならば、小中高も含めて一括で3月入学に移行できないかの議論を行うべきだ。前期を3~6月、夏休みを7、8月、後期を9~12月とし、入学試験や卒業式などを1、2月に行う。海外留学や受け入れも後期の9月で時期を合わせることができる。4月入学と比較しても1カ月のずれならば摩擦も少ない」

--小中高一括だと文部科学省が定める省令改正が必要になる

 「大学の裁量で行える秋入学への移行と違い、文科省の省令である学校教育法施行規則を改正しなければならない。ただ、国際化には高校までの語学教育の充実も不可欠。この点も含め、大学の入学時期の移行だけで解決できる問題ではないという点に立ち返って、文科省や経済界と一緒になって議論を行うべきだ」


【プロフィル】鈴木敏之 すずき・としゆき 東京大学副理事兼経営支援担当部長。昭和42年、東京都生まれ。44歳。東大卒業後、平成2年に旧文部省入省。放送大学学園、文部科学省高等教育政策室長などを経て、20年から東大職員。22年から副理事就任。4月から始まった入学時期の検討に関わる事務を統括する。

【プロフィル】佐和隆光 さわ・たかみつ 滋賀大学長。昭和17年、和歌山県生まれ。68歳。東京大卒業後、スタンフォード大研究員、京都大教授などを経て平成22年より現職。19年に紫綬褒章を受章。専門は計量経済学、エネルギー・環境経済学。日本経済の現状に詳しく、私的立場から秋入学に異論を唱える。

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