日本育ちの「外国人博士」が急増 研究のグローバル化に生かせ『日本経済新聞』2011年2月11日付

『日本経済新聞』2011年2月11日付

日本育ちの「外国人博士」が急増 研究のグローバル化に生かせ

 日本で理工系大学の取材を続けていると、10年ほど前から外国人の大学院生や博士研究員(ポスドク)が目立って多くなってきた。産業競争力に当てはめるのはやや乱暴かもしれないが、日本の活力低下や、韓国や中国、台湾、インドなどの躍進と一致しているようにもみえる。

 「日本の工学系の学生の多くは修士課程まではいく。しかし優秀な学生はその先の博士課程まで進まなくなった。結果として優秀な博士が出てこないことになる」。新しい超電導材料など様々な新素材を次々開発する東京工業大学の細野秀雄教授は嘆く。

 細野研究室にも現在、博士課程6人の中に韓国からの留学生が2人いる。留学生は今後も増える一方だと細野教授はみている。

 博士課程の留学生が増えると同時に、日本の大学で生まれた材料や技術も日本企業より外国企業が先に目を付ける動きが出てきた。

 細野教授らが発見した透明アモルファス酸化物半導体(TAOS)と呼ぶ大型ディスプレーに利用できる新素材は、韓国企業が最初に製品に使おうとしている。「2004年に英科学誌ネイチャーに発表したとき、すぐに問い合わせしてきたのはサムスン電子とLG電子だった」(細野教授)。このような状況に細野教授は日本の将来に不安を抱く。

 「うちはもう外国みたいだよ」。東北大学の川添良幸教授は研究室の廊下に張った顔写真入りのメンバー表を前に話す。理論物理学の知識を使いスーパーコンピューターによる模擬実験(シミュレーション)で新素材の設計などを手がける川添教授は世界から注目されている。

 その結果、いつの間にか外国人の大学院生やポスドクの方が日本人より多くなった。大学院生8人のうち日本人は1人だけだ。高度化する「ものづくり」にはスパコンの利用が欠かせなくなってきた。ともすればスパコンの計算速度が世界1位か2位かということだけがクローズアップされがちだが、肝心の計算ができる有能な人材の数は日本が世界で何位なのだろうか。

 博士課程の日本人学生が減っていることは数字でも裏付けられている。文部科学省の資料によれば、工学系の場合、1980年に全国で約640人が博士課程に進んだ。その後は急激に増えて86年に1千人台、92年に2千人台、95年に3千人台になり、2003年には約3570人まで達した。しかし04年から減り始めている。主な理由は就職難だ。博士号をとって何年たっても安定した職に就けないことを知れば減るのは当然だ。

 日本人の代わりに優秀な外国人が日本で研究してくれるならいいではないか――。こんな考え方もできるが、楽観してはいられない。

 日本には日本人博士の就職先が少ない。外国人となるとさらに限られる。最終的に米国での就職を目指す留学生が多く、「せっかく育てても日本に落ち着く率は今のところ低い」(川添教授)

 外国人留学生が増えることを大学の研究現場は必ずしも否定的には受け止めていない。「留学生はかつての日本のような右肩上がりの成長を遂げている国からやってくる。たいへん元気で目の輝きが違う。それが日本の学生に刺激を与えている」という声も聞こえる。

 日本の産業最盛期には留学生は自国の発展のために日本語を学んできたが、最近は英語で教育しないと来なくなった。一方、中国の大学ではひところ英語で授業を行ったが、最近は中国語を話すことを留学の条件に出すようになったという。中国が自国の研究内容に自信を深めている証拠でもある。

 多くの外国人が来日するなら、むしろ積極的に国際化を進めたらどうだろうか。東洋大学の川越キャンパスにあるバイオ・ナノエレクトロニクス研究センター。生命科学とナノテクノロジー(超微細技術)を融合する研究を進める博士課程の学生22人のうち14人をインドからの留学生が占める。

 07年度から海外の学生を積極的に受け入れる学際・融合科学研究科博士課程を設けた。講義はすべて英語で行う。ノーベル賞受賞者2人を含む40人以上の海外の科学者が客員研究員を務め、がん治療などの新技術を開発している。「当校は国内で理工系の知名度が低いので最初は研究予算獲得で苦労した。しかし海外から研究成果を認められるようになり、欧州の有名な研究資金であるマリー・キュリー・アクションも受けられる見込みになっている」とセンター長の前川透教授は胸をはる。

 独立行政法人の物質・材料研究機構(茨城県つくば市)では、全職員約1450人のうち5分の1の約300人を外国人が占める。同時に海外からの留学生受け入れも積極的に進めている。

 同機構は国内3大学と連係し、学位取得まで面倒をみる「連係大学院」制度に取り組む。これとは別に国内外39大学とも共同で大学院生を指導する。両方の試みとも大学院生はここ3年みても急増しており、現在は計143人が所属する。そのうち約7割の99人が留学生だ。

 「外国人が日常生活に困らないよう日本人事務職員も普通に英語を話せる国際化を進めている。学生には最先端の研究を経験させ学位取得後も国際的に活躍できるように指導している」と板東義雄フェローは言う。同機構が国際化を進めることは、日本を活気づけることにつながると期待している。

 では日本人学生はどう育てるのか。科学技術振興機構の北澤宏一理事長は「優秀な学生は海外に放り出して国際感覚を身につけさせるべきだ」と話す。留学生頼みにせず、武者修行が必要と説く。

 未来永劫(えいごう)、日本や米国だけが科学技術大国であり続けるわけではない。今後、日本は国内で増え続ける留学生との人脈を生かす一方、米国に倣うこれまでの研究留学とは違う発想での海外武者修行が求められそうだ。国内外を結ぶ研究ネットワークが構築できれば、それは日本の成長を後押ししてくれる。

(科学技術部 黒川卓)

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