【社説】週のはじめに考える 若者よ縮むことなかれ『東京新聞』社説2011年1月9日付

『東京新聞』社説2011年1月9日付

【社説】週のはじめに考える 若者よ縮むことなかれ

 海外の大学や大学院に留学する日本人が四年連続で急減するなど若者の内向き志向が目立っています。その背景には何があるのでしょうか。

 「グローバル」(地球規模の)という英語が日常会話の中で頻繁に使われるようになったのは、東西冷戦が終結した一九九〇年代初頭からでした。バブル経済がはじけた年にもかかわらず九〇年には海外渡航者が初めて一千万人を突破し、海外留学生も増加の一途をたどりました。特に米国への留学生数は九四年から四年間、日本人がトップ。若者の意識も急速にグローバル化したのです。

◆激減する海外留学生

 ところが文部科学省のまとめによれば、二〇〇四年の約八万三千人をピークに海外留学生は減少し続け、〇八年は約六万七千人と、ひと昔前の水準に逆戻りです。

 また米国際教育協会の調べでは〇九年時点で日本からの留学生は前年比15%減の約二万五千人。十年前に比べ半減です。国別では中国、インド、韓国出身者が上位を占め日本は六番目。

 逆に海外から日本に来る留学生は十四万二千人近く(一〇年、日本学生支援機構調べ)と過去最多を記録しています。

 なぜ海外留学が敬遠されるようになったのでしょうか。知り合いの大学教授や学生たちに聞いてみました。「経済不況」「就職難」「少子化」。この三つが大きな理由のようです。特に大学三年生からの「就活」で海外留学している時間的余裕もないというのです。

 そのほかに、こんな意見が出ました。「英語力なら国内でも十分勉強できる」「ネット時代にわざわざ外国に行く必要がない」「就職してから留学したい」「住み心地では日本が一番」などなど。

◆「夢を持ち続けよう」

 今春卒業予定の大学生の就職内定率が60%に達しない現状では無理ないかもしれませんが、若者が本来なら青年期の特権である「冒険」「夢」「ロマン」より「小市民主義」「ミーイズム(自己中心主義)」など“小さな幸せ”探しに走る傾向が目立ちます。

 ノーベル化学賞を受賞した米パデュー大特別教授の根岸英一さんは「ノーベル賞に選ばれる確率は一千万人に一人といわれるが、賞を取ることが大切ではなく、そこに至る過程が大事だ」と述べ、若者たちに「海外へ出よ」「夢を持ち続けよう」と呼び掛けます。

 「ボーイズ・ビー・アンビシャス(青年よ大志を抱け)」で有名なクラーク博士の札幌農学校に学んだ内村鑑三、新渡戸稲造は共に明治期に米国の大学に留学しました。船曳建夫東大教授(文化人類学)は「こうした『外国』体験が日本の知識人にいかなる影響を与えるかということは重要視されるべき点である」(「日本人論」再考)と考察しています。

 確かにインターネットの普及で世界の情報が入り外国語習得も国内でできる時代です。だが一方で世界大学ランキング(一〇年)ではベスト20に米英の大学が並び、東大、京大は二十四、五位。学術論文数でも、日本の得意分野とされる化学で上位10%の論文発表数は米国、中国、ドイツの順で日本は四番目。国際経営開発研究所による国際競争力ランキング(総合順位)ではシンガポールをトップに欧米諸国が上位を占め、日本はタイに次いで二十七位です。

 しかも九〇年代に比べて、これら調査で日本のランクが総体的に下落しています。バブル崩壊後の「失われた二十年」を経て「内向き日本」が加速し、「内向き」どころか「後ろ向き」になっているのではないかと強く懸念されるところです。

 携帯電話をはじめ世界標準とは違う日本独自の技術的進化が「ガラパゴス化」として話題になりました。それは人材採用といったマンパワー面にも表れています。欧米ではサラリーマンが転職によってステップアップしていくのは日常の光景で、アジアでもその傾向が強まっています。だが日本の中途採用試験では転職回数の多い人は敬遠されがちです。会社への忠誠心が薄いと見られるからです。雇う側も雇われる側も「就社」でなく「能力」を最重要視する風土をつくるべきでしょう。

 バブル期には「花長風月」企業に若者の人気が集まりました。花形企業、長期休暇、良い社風、高い月給。基本は今も変わらないでしょうが、「そんな高望みはしない。取りあえず内定が欲しい」というのが本音かもしれません。

◆滅びか蘇生かの分岐点

 いま日本は、じわじわ滅びゆくか、それとも蘇生への足場をつかむか、の分岐点に立っています。「内向き日本」を変革する責任は政治にありますが、同時に若い世代にも呼び掛けたい。

 「若者よ縮むことなかれ」と。

 

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