アカデミアと軍事(4) 民生との境、増す矛盾

『朝日新聞』aサロン 科学面にようこそ 2010年10月3日

アカデミアと軍事(4) 民生との境、増す矛盾

          東京科学医療グループ・松尾一郎、小宮山亮磨

集結した敵兵を、空からほとんど音も立てずに撮影し、数キロ離れた場所にいる歩兵隊長に無線でその映像を送る――。米国防総省が90年代、わずか数十センチの超小型無人飛行機(MAV)に期待する役割について示した内容だ。

千葉大の野波健蔵教授と中国出身の大学院生らのチームは2008年、こうした機能を備えたヘリ型のMAV数機を開発して日本から持ち出し、インド政府の研究機関と米陸軍がインドで開催したMAVの国際大会に参加した。

武器輸出3原則を掲げる日本は、外国への兵器輸出を基本的に禁じている。こうした機器は「兵器」に当たるのか。それを国外に持ち出す行為は「3原則」の中でどのように位置づけられるのだろうか。

武器輸出の規制は外為法に基づいて行われ、規制対象は外為法を所管する経済産業省の省令などで決まっている。例えば「ロケット燃料」の項目では、対象の化学物質名が列挙されている。

だが、あいまいな項目もある。例えば「軍用車両」。「軍用」の自動車は「民生用」とどう違うのか。同省安全保障貿易管理課によると、「軍事作戦を前提とした『専用設計』がどれくらいあるか」が目安。同課は例として機関銃を据える砲座や暗視照準装置の有無を挙げるが、輸出の可否は「(申請者らとの)相談の過程で判断するしかない」(飯田圭哉課長)。

朝日新聞が野波教授のケースを同省に確認したところ、この機器が規制対象にあたるのかどうかも含めて「個別の事案については答えられない」との返事だった。

適用基準があいまいなまま、規制の裾野(すそ・の)は、かたちある「モノ」以外に広がりつつある。国が課題に挙げるのは、軍事転用できる「情報」や「ノウハウ」の管理だ。

研究環境が国際化し、外国人留学生や研究者の受け入れが進む大学や公的な研究機関などのアカデミアは特に、無形の研究情報が流出しやすいとされ、安全保障上の「セキュリティーホール」(弱点)と呼ばれることもある。

対策として、経産省は06年、大学での情報の管理強化を文部科学省に要請した。09年、東北大の原子力工学の研究室が、核兵器開発への関与が疑われるイランの研究所から留学生を受け入れていたことがわかると、経産省は管理強化を再度要請。情報管理の責任者を選ぶことなどを義務づける省令も定めた。

だが、行き過ぎた規制は、憲法が定める「学問の自由」を侵害する恐れもある。飯田課長は「何でも規制すると、科学技術の交流ができなくなるが、何でも(外国に)出すのもいけない。バランスが必要だ」と話す。

非軍事を旨としてきた日本のアカデミアは、海外の研究者と交流し、成果を積極的に公開することで研究を活性化してきた。一方、軍事にかかわる研究は本来、成果の機密性を前提としている。軍事と民生技術の境界が失われた今、この「矛盾」の構図はいっそう複雑になっている。

米軍のMAV=米海軍提供

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次回は再来週(10月15日)に掲載し、アカデミアにおける軍事研究の倫理的側面を中心に報告します。

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《筆者のひとり、松尾一郎から》

今回の記事では、安全保障上の論点の一部を例示しました。

兵器と同じ機能を持つ民生品を大学などアカデミアで研究することは、国家の安全保障の視点から「問題あり」と考えることもできますし、その研究に海外出身者を参加させることは、「軍事技術の国外流出につながる」との見方もできます。現状では、これらの点について実効性のあるルールが存在するとはいえず、「もっと規制するべきだ」という主張も成り立ちます。

しかし、安保のためといって、規制当局や公安当局が大学などアカデミアでの研究をことさら厳しく監視し、結果として研究者や学生の「学問の自由」が制限されるようになるのはいかがなものでしょうか。

大学などでの研究成果がそのまま兵器に使える技術であったり、研究成果が兵器そのものだったりすることはごく希です。そんな中でロボティクス分野は兵器への応用に直結しやすい分野であり、この矛盾が表面化しつつある分野だと、私は感じています。

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