アカデミアと軍事(3) 研究現場訪ね、助成判断 『朝日新聞』aサロン科学面へようこそ2010年9月26日付

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『朝日新聞』aサロン科学面へようこそ2010年9月26日付

アカデミアと軍事(3) 研究現場訪ね、助成判断

              東京科学グループ・小宮山亮磨、松尾一郎

メガネ越しにのぞき込んだコンピューター画面に、立体表示された緑色の銅鏡。空中に浮かんだように見える鏡の表面を、手に持った特殊なペンでつつくと、ゴンゴンと金属音が響く。文様のでこぼこした感じがペンを持つ指先に伝わってくる。ペン先を使って鏡をひっくり返すと平らな鏡面が現れた。表面をなでると、さびてザラザラした質感がリアルに伝わってきた。

情報通信研究機構(NICT)の安藤広志博士(認知脳科学)らが開発した多感覚インタラクションシステムだ。

これが米軍の興味を引いた。2008年11月、空軍のアジア宇宙航空研究開発事務所(AOARD)関係者2人が、京都府にある研究所を訪ねてきた。安藤さんが応対し、システムの説明をした。

訪問の経緯は報告書にまとめられ、米国防総省に提出された。アジア各地の様々な研究機関の成果が、AOARDに有益で、助成に値するかどうかをまとめた文書だ。同省の科学技術情報を管理する「国防技術情報センター」のウェブサイトに掲載された。

この報告書によると、AOARD関係者は日本と中国を訪問。日本ではほかに、東大や東工大、東京・調布の宇宙航空研究開発機構などで、研究者から成果についての説明を受けた。

訪問には、AOARDが「科学顧問」として雇っている日本人科学者が同行することもあった。NICT訪問にもついていった。

男性で60歳代。人工知能の専門家で、大手メーカーの研究者から国立大学教授に転じ、退職後の06年に科学顧問についた。報告書はこの男性を「日本のIT研究者の間でよく知られ、尊敬されている。AOARDにとって大きな資産」と称賛している。

男性は、訪問先の研究者に将来、助成すべきかどうかを助言。報告書はそれをもとに、研究を個別に評価した。例えば、宇宙機構が開発するヘリコプターの騒音削減技術は、「米軍が明らかに関心をもつトピック」と記した。反対に「調査継続の必要なし」との低評価の研究もあった。

NICTの多感覚インタラクションシステムは、「調査継続を強く推薦する」。安藤さんによると、訪問時に助成の申し出があったという。「軍のための研究をしてほしいわけではない。今の研究をそのまま続ければいい」という好条件だった。

それでも、米軍のために研究したと誤解されるかもしれないと安藤さんは考え、その場で断ったという。「単に社会貢献をアピールしたいのか、研究者とのつながりをつくりたいのか、目的がわからない。ちょっと気持ち悪い資金だと思った」と振り返る。

安藤さん自身はこの技術を、文化財教育や医療に応用したいと考えている。だがAOARD関係者は「無人航空機の仮想コックピットへの応用が考えられる」と報告書に記した。安藤さんは、朝日新聞の取材を受けて初めて、そのことを知ったという。

米空軍が調査した多感覚インタラクションシステム。立体表示される銅鏡を、手に持ったペン状の器具で動かしたりたたいたりできる=京都府精華町

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次回(10月1日)は軍事研究をめぐる論点について報告します。

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《筆者のひとり、小宮山亮磨より》

「多感覚インタラクションシステム」は、とても楽しいものでした。記事でご紹介した銅鏡以外にも、風船をペン先で押すというデモンストレーションも体験させてもらいました。感触はリアルそのもの。どんどん押し込むと、パンという音とともに割れ、風船の中に封じ込められていたという設定の、さわやかな香りまでかぐことができます。顔の前に、匂いを出せる装置がついているのです。

研究所がある京都府精華町は奈良県に近く、今夏には正倉院の宝物をこの装置で再現し、「平城遷都1300年祭」に出展したそうです。小さい子ども連れの家族など、多くの方々が楽しんだということでした。

その装置が、軍用の無人航空機の操縦にも使われるかもしれない。少なくとも、米軍の関係者はそう見ていました。技術に民生と軍事の一線を引くのは難しいことだとわかってはいましたが、今回の取材で、そのことを改めて強く実感しました。

NICTの安藤さんは、この連載の内容などをすべてご承知のうえで、快く取材を受けて頂きました。この場を借りて、お礼申し上げます。ありがとうございました。

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