アカデミアと軍事(2) 学会の対応まちまち/複雑化する軍・民の境界『朝日新聞』aサロン 科学面へようこそ 2010年9月17日付

https://aspara.asahi.com/blog/science/entry/o5JJLaEoLM

『朝日新聞』aサロン 科学面へようこそ 2010年9月17日付

アカデミアと軍事(2) 学会の対応まちまち/複雑化する軍・民の境界

         東京科学医療グループ・小宮山亮磨、松尾一郎

沖縄県宜野湾市で2006年7月、ロボット関連の研究者を集めた国際学術会議が開かれた。スポンサーには、米国の陸、海、空軍関係の研究機関と並んで日本学術振興会(学振)が名を連ねた。米軍が約140万円、学振は約330万円を助成した。

会議のテーマは、無人偵察機などへの応用が期待される、米軍が強い関心を寄せる分野だ。

学振は助成の審査方針で「軍事にかかわる研究は支援しない」と定める。それが米軍との「共同スポンサー」になったのはなぜか。

学振国際事業部は「外部の研究者による書面審査と合議審査を行い、会議の内容が軍事研究に当たらないと判断した」と説明する。助成を求める学振への申請書類では、他のスポンサーとして米海軍研究局が示されていたが、問題視されなかった。学振は「他のスポンサーが軍事関係かどうかよりも、内容の学術的な価値の有無を審査した」。

判断に迷った末、「米軍マネー」の受け入れを断るケースもある。

日本機械学会が10月に開く「第5回先端メカトロニクス国際会議」。これもロボット技術に関する会議だ。仮のプログラムには、米陸軍の研究機関に所属する研究者の名前もある。

実行委員会がスポンサーをウェブで募ったところ、米陸軍関係の組織から国際会議への助成の申し出がメールで届いた。委員長の大阪大教授は対応を機械学会に相談。学会は、軍関係からの支援を拒否する他の学会の規定を参考にして、断ることに決めた。学会は「軍からの資金をどう扱えばいいか、きちんとした規定がない」と説明する。

国内の大学や学会の多くはかつて、軍の資金を受け取ることをタブーとしていた。

1966年に開かれた半導体の国際会議で、主催の日本物理学会が米陸軍から助成を受け、米国から招いた学者の旅費にあてたことが新聞報道で明らかになった。金額は8千ドル(当時280万円)だったが、大問題となって国会でも取り上げられた。物理学会は67年、「今後内外を問わず、一切の軍隊からの援助、その他一切の協力関係をもたない」と決議した。

だが、決議では、何が拒否すべき「軍事研究」にあたるかには踏み込まなかった。軍関係者が参加することまで拒んでいると解釈されると、会議を思うように開催できず、学会にとって不利益という指摘も出た。95年、決議の運用が改められ、「武器の研究といった明白な軍事研究以外は自由」となった。

それでも問題が解決したわけではない。95年当時の物理学会会長は会誌で「勿論(もち・ろん)、明白な軍事研究の定義等についてあいまいさが残ることは避けられず、また若干の問題点も残る」と記している。

軍が民生技術を取り込む動きが広まるにつれ、「軍事」と「民生」の境界は明確さを失い、研究者らの対応はますます難しくなっている。

        ◇        ◇

《筆者のひとり、小宮山亮磨から》

先週に掲載した連載1回目では、読者の方から「自分の出身校もお金をもらっていた。嘆かわしい」との投稿が届きました。お気持ちは、わからないでもありません。

ただ、米軍の助成を受けている方々は、それぞれに事情を抱え、熟慮の末に決断した人がほとんどだろうと、私は考えています。そもそも、お金を受け取ったからといって、開発した技術がすぐに軍事応用されるわけでもありませんし、お金を受け取らなかったからといって、その技術の軍事応用が絶対に避けられるというわけでもないのです。

それでも多くの方々は、私たちの取材を受けることに消極的です。取材の意図を理解して頂くのは、簡単ではありません。

何のための取材なのか。それは、とにかく事実を知らせること。米軍マネーが日本の研究者の間に広がりつつあるという、おそらくは一般の方がご存じでない事情を、明らかにするということです。それが望ましい事態なのかどうか。望ましくないとしたら、今後どうすべきなのか。これは難しい問題で、私自身、よくわかりません。ただ、何にせよ隠されていることはよくない。立派な研究をして、米軍にもその立派さを認められ、貴重な助成金を勝ち取った方々が、そのことを後ろめたく思って公言できない――そんな状況は不健全だと思うのです。

とはいえ、事実が明かされれば、それを元に幅広く公平な議論がなされ、正しい結論が必ずや導き出されるであろう……などと無邪気に信じているわけでもありません。ある研究者は私に、「事実が明らかにされることの影響を考えてください」と言いました。今回のようなケースで、研究者にいわれのない非難が集まってしまいがちなのは確かです。そうならないよう、慎重に書いていなくてはいけないな、と改めて感じています。

Proudly powered by WordPress   Premium Style Theme by www.gopiplus.com