アカデミアと軍事(1) 米軍基地経由で研究費 『朝日新聞』aサロン 科学面へようこそ 2010年9月10日付

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『朝日新聞』aサロン 科学面へようこそ 2010年9月10日付

アカデミアと軍事(1) 米軍基地経由で研究費 [10/09/10]

東京科学医療グループ・松尾一郎、小宮山亮磨

半導体レーザーを使って障害物を把握する測域センサーや、姿勢を制御するためのジャイロセンサーを積んだロボットが走り続ける。描き出された地図や、搭載されたカメラが撮影した映像が、監視・制御用のパソコンの画面に映し出される。基本機能は、アフガニスタンなどの戦地に投入されている爆発物探知ロボットと変わらない。

千葉大学の野波健蔵副学長(工学部教授)のチームが開発したロボットだ。8月、朝日新聞の取材に応じ、大学構内でデモンストレーションを見せてくれた。

千葉大の自動ロボット=8月、千葉市稲毛区

◇多くの国立大が契約

副学長は米国出身の同大特任教授とつくった「チバ・チーム」として、米軍とオーストラリア軍が主催する軍事ロボットコンテスト「MAGIC2010」の予選に参加した。このロボットはそのために組み立てたものの1台だという。チームは研究助成費として5万ドルを両軍から受け取った。

副学長は出場に至った経緯を「特任教授が私の所に話を持ってきた」と説明する。特任教授は、米国流の産学連携の講師として、副学長が今年初め、大学に招いた。2人は数年来の付き合いという。

特任教授は米テキサス州でソフトウエアの会社を経営している。同社のウェブサイトや登記情報、信用調査機関などによると、会社は1983年設立。特任教授が代表を務め、従業員は現在2人。無人ロボット開発のコンサルティングなどを手がけている。

米政府の「連邦政府調達実績データベース」で同社と米軍のつながりを調べると、86年以降、同社が米軍関係機関と結んだ契約は9件あり、総額56万5千ドル。公開対象にならないものもあるため、これらがすべてではなさそうだ。

このデータベースからは、日本国内の大学や研究機関への米軍マネーの流入状況がかいまみえる。米軍横田基地を介して国内外の大学や研究機関と結ばれた200件以上の契約の金額や概要が公開されている。

ざっと挙げると、東京工業大5万ドル(09年)▽理化学研究所6万ドル(06年)▽大阪大9万5千ドル(09年)▽筑波大3万ドル(05年)▽東京大7万5千ドル(05年)▽北海道大2万5千ドル(05年)▽宇宙航空研究開発機構5千ドル(05年)▽名古屋大5千ドル(04年)▽京都大5千ドル(05年)▽東北大2万5千ドル(09年)など。こうした主要大学や独立行政法人のほか、愛媛大や福井大、徳島大、山口大、東北学院大、名城大といった地方の国立大や私学も含まれている。使途について公開されているものはわずかだ。

そもそも、契約によっては非公開のものもある。データベースは大学や公的研究機関に流入する米軍資金の氷山の一角を示すにすぎない。

◇5000ドル未満は無条件

米国の陸・海・空軍はそれぞれ、下部組織を通じて海外の研究者への助成を行っている。

日本を含むアジア・太平洋地域を担当するのは、陸軍は「国際技術センターパシフィック」(ITC―PAC)、空軍は「アジア宇宙航空研究開発事務所」(AOARD)、海軍は「海軍研究局(ONR)グローバル東京」だ。いずれも東京・六本木の米軍施設「赤坂プレスセンター」に事務所を構え、協力して資金提供することもある。

このうちONRグローバル東京は1974年に設立された。ウェブサイトによると、スタッフは12人。ほかに大手造船会社の役員をへて「顧問」に就任した70歳代の日本人研究者もいる。

この研究者によると、日本を含めたアジア(日本、韓国、シンガポール、フィリピン、インド)への研究助成額は年300万ドルほど。軍事目的に直接使える技術だけでなく、基礎研究にも幅広く資金を提供している。その過程で国際共同研究を仲介することもある。

助成先の選び方として、「科学的成果に重点を置き、海軍との関連性は二の次」「5千ドル未満なら(無条件に)助成する」といった指針が、ONR設立初期から引き継がれているという。

◇ノーベル賞学者へも

助成を受けた研究者には、後にノーベル賞を受賞した人も多い。物理学、化学、医学生理学の自然科学3賞のほか、経済学賞も含め、受賞者57人の名前がウェブサイトに掲載されている。

日本人もいる。00年に化学賞を受賞した白川英樹・筑波大名誉教授だ。

白川さんによると、76年、東工大から米ペンシルベニア大学に博士研究員として留学した際、給与として支払われたという。「自分の給与が海軍からの助成だと渡米後に知り、違和感があった」と話す。ONR幹部に会い、話したり研究施設を見せてもらったりする中で、提供された資金が基礎研究にも広く使われていると知った。安心した面もあったが、「軍事に関係ない基礎研究も、いずれ関係してしまうかもしれない」という不安も残ったと話す。

ONRのウェブサイトでは、白川さんらが開発した導電性ポリマーの応用例として、「高度な軍事センサーに使う多機能電子機器」が紹介されている。

        ◇

日本の大学や公的な研究機関などのアカデミアに流入する米軍マネーが増えている。その実態の一端を明らかにし、軍事と研究現場のつながりをさまざまな視点から報告する。(松尾一郎と小宮山亮磨が担当します。次回は17日の予定です)

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《筆者の松尾一郎から》

今回の取材で印象深かったのは赤坂プレスセンターでの取材です。六本木のど真ん中にある米陸軍の施設で、銃器を持った警備員がフェンスの向こうで目を光らせています。入るにはパスポートなど身分証明書が必要です。そこは外国でした。

AOARDのケネス・ゴレッタ所長は、日本などの研究者に資金提供するかどうかを判断するため、米国のデータベースで敵性人物でないかどうか身分照会にかけていることを明らかにしました。我々も取材を申し込むと、パスポート番号などを聞かれました。こちらの身元調査が行われたのでしょう。研究助成について尋ねるだけの取材なのですが、複雑な思いがしました。

赤坂プレスセンターの同じフロアにはITC-PAC、ONR、AOARDの陸海空軍の各組織が入っています。いずれも軍の一部だけあって、情報公開に前向きな組織ではありません。違いをいえば、ITC-PACは他の2組織より、実態をつかみにくい、顔の見えない組織のように思われました。

軍事技術開発において、かつての「秘密基地で軍事目的の科学技術を生み、その後に民生技術に転換」する「スピン・オフの時代」はすでに終わっています。そう。今は「グローバル化」の時代。「世界各地の民生技術が軍事に応用」される「スピン・インの時代」なのです。スピン・インの時代の科学技術は、基本的に軍事と民生の区別ができない特徴があると思います。

ある研究者は取材中、「日本はガラパゴス化している」と繰り返し我々に話しました。軍事技術と民生技術の区別ができないのに、日本では軍事をアカデミアから閉め出す傾向があるのはおかしいという本音なのだろうと思いました。研究資金の獲得が難しくなる中で、「海外事情に詳しい多くの科学者、技術者の本音なのだろう。武士は食わねど・・・はできないもんな」とも思いました。

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《担当デスク・嘉幡久敬から》

この連載は9月8日付け朝刊「米軍の研究助成増加/日本技術軍事応用も視野」(9月9日付「科学面にようこそ」にも掲載)の続報です。日本の研究現場と軍事とのつながりを、多くの具体例をまじえて紹介し、多角的に検証したいと考えています。このテーマに関して「聞いた」「見た」「体験した」といった情報をお持ちの方はkagaku@asahi.comまでお寄せいただけると幸いです。ご協力よろしくお願いいたします。

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