米軍の研究助成、増加『朝日新聞』aサロン 科学面へようこそ 2010年9月9日

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『朝日新聞』aサロン 科学面へようこそ 2010年9月9日

米軍の研究助成、増加

東京科学医療グループ・松尾一郎、小宮山亮磨

大学や研究所など日本の研究現場に米軍から提供される研究資金が近年、増加傾向にあることがわかった。研究に直接助成したり、補助金付きコンテストへの参加を募るなど、提供には様々な形がある。背景には、世界の高度な民生技術を確保し、軍事に応用する米軍の戦略がある。

米軍の研究助成、増加

東京科学医療グループ・松尾一郎、小宮山亮磨

大学や研究所など日本の研究現場に米軍から提供される研究資金が近年、増加傾向にあることがわかった。研究に直接助成したり、補助金付きコンテストへの参加を募るなど、提供には様々な形がある。背景には、世界の高度な民生技術を確保し、軍事に応用する米軍の戦略がある。

◇日本の技術の軍事応用も視野

軍服姿の米軍幹部がヘリコプター型の小型無人ロボットを手に取り、開発者の野波健蔵・千葉大副学長(工学部教授)が隣で身ぶりを交えて説明する。そんな様子が動画投稿サイトで公開されている。

米国防総省が資金提供し、インド国立航空宇宙研究所と米陸軍が2008年3月にインドで開いた無人航空ロボット技術の国際大会の一場面だ。千葉大チームは「1キロ先の銀行に人質がとらわれ、地上部隊と連係して救出作戦に当たる」というシナリオのもと、自作ロボットで障害物や地雷原、人質やテロリストの把握などの「任務」に挑んだ。

09年には野波副学長を代表とし、米国出身の同大特任教授とつくる「チバ・チーム」が米豪両軍が主催する軍事ロボットコンテスト「MAGIC2010」(優勝賞金75万ドル、約6300万円)にエントリーした。同チームにはすでに研究開発費5万ドルが与えられた。今年、最終予選でベスト6となり、11月に豪州で行われる本選への切符を手にした。

このコンテストでは、市街地で非戦闘員と戦闘員を識別する自動制御の軍事ロボットの能力を競う。レーザーポインターを武器に見立てて照射して敵を「無力化」する。副学長は「学生はこうしたコンペでは燃える。動機付けとして非常にいいと考えた」と参加の理由を語る。

米軍の研究開発予算は2010年度で800億ドル(約7兆円)。この一部が世界に提供されている。軍事技術コンテストもその一つだ。

有望な研究者らに対する研究費や渡航費、学会などの会議の開催費などの名目で助成するものもある。日本、韓国、中国、豪州などアジアと太平洋地域向けに資金を提供する空軍の下部組織「アジア宇宙航空研究開発事務所」(AOARD)によると、空軍から日本への助成件数は10年間で2・5倍に増えた。助成総額は明らかではないが、関係者が明らかにした助成1件の平均額から単純計算すると、10年でざっと10倍に増えている。

経済産業省は、軍事応用されかねない技術の国外提供に枠を定め、外為法で規制している。

◇米国/急速な技術革新、独自開発に限界

東京・六本木の米軍施設「赤坂プレスセンター」(通称ハーディー・バラックス)のビルの中に、陸、海、空軍の各研究開発事務所が入るフロアがある。主にアジアの研究者に資金提供したり、研究者や研究内容の情報を収集している。

スタッフは合わせて数十人。軍人より文民の方が多い。「プログラムマネジャー」などの肩書を与えられて国内の情報収集に協力している日本人の研究者もいる。

AOARDを通じた日本への資金提供には、(1)研究開発費(研究助成)(2)会議運営費(会議助成)(3)米国などへの渡航費(旅行助成)――の3種類ある=表。

世界の学術研究の成果(論文数)に米国が占める割合は、80年代以降下がり続ける一方、アジアの伸びは著しい。米空軍が世界に提供する研究費のうち、アジア向けは今、欧州向けと並んで4割を占める。

AOARDは92年に開設された。前年の湾岸戦争では、巡航ミサイルなど多数の新兵器が投入され、以後、軍事技術のあり方は急速に変わった。

拓殖大の佐藤丙午教授(安全保障論)によると、兵器のハイテク化に伴って高額化する研究開発費を米軍が単独でまかなうのはますます難しくなっているという。「冷戦後の流れから考えれば、日本への助成額の増加は当然の流れ」と話す。

◇日本/魅力的な研究費、根強い抵抗感も

東北学院大(宮城県)の十合(とう・ごう)晋一名誉教授は03年、研究室でAOARDの関係者の訪問を受けた。関係者は軍の研究資金について説明し、提供を申し出た。研究テーマは超小型ガスタービン技術の基礎研究。小型発電機に使え、自走型ロボットや超小型航空機の電源への応用が期待される。

教授は経済産業省に問い合わせて武器輸出の規制に抵触しないことを確かめ、3回にわたって総額約20万ドルを受け取り、成果を報告書にまとめて提出した。

「義務は報告書の提出と、論文に資金提供者名を明記することだけ。特許などの知的財産は研究者が保有できる好条件だった」と振り返る。

米軍の研究費は使い道が自由なのが特徴だ。1年で1万8千ドルの資金提供を受けたある日本人は、文献研究による20ページほどのリポートを提出しただけ。研究成果ばかりでなく、人脈作りを重視していることをうかがわせる。

提供を受けるのは、プロジェクト研究を率いるノーベル賞級の学者から、少額の旅費にも事欠く若手の博士研究員(ポスドク)まで幅広い。

ある国立大の30代の助教は、自分が発表する国際学会に参加する渡航費の助成を、米空軍と米科学財団から受けた。国の助成に応募したが認められなかったためだ。助教は来年度には任期が切れる不安定な身分。研究者であり続けるには成果が必要だ。「いまはどんな助成チャンスでもすがりたい」と話す。

一方で、結果的に軍事技術開発につながりかねない研究をすることへの抵抗感も、日本の科学者の間で根強い。「MAGIC2010」に出場したチバ・チーム代表の野波副学長は「本選への参加は取りやめた」と話し、「スポンサーは軍。私の良心があるので悩んだ」と理由を語った。

◆メモ・軍事と科学技術研究の歴史

ベトナム戦争のただ中の1967年、半導体の国際会議を主催した日本物理学会が、米陸軍から資金提供を受けていたことが新聞報道で明らかになった。旧文部省が調べたところ、37団体が米陸軍から約3億8千万円の資金提供を受けていた。

提供先の大半が細菌や病理研究で、生物化学兵器開発とのつながりが懸念された。物理学会は同年、軍隊との一切の協力関係をもたないなどとする決議を採択。日本学術会議も軍事目的の科学研究を行わない声明を出した。

千葉大学は07年、ロボット開発を平和目的に限るとする「ロボット憲章」を作った。こうした内規を作る動きは今もあるが、高度になった民生技術は、軍事技術にすぐに応用できる。軍からの研究資金提供に抵抗が少ない海外を日本の研究者が訪れる機会も増える中で、日本だけが軍事と民生に境界線を引くのは難しくなりつつある。

◆インタビュー

AOARDのケネス・ゴレッタ所長(55)=写真=に聞いた。

米軍の研究助成、増加 [10/09/09]

東京科学医療グループ・松尾一郎、小宮山亮磨

大学や研究所など日本の研究現場に米軍から提供される研究資金が近年、増加傾向にあることがわかった。研究に直接助成したり、補助金付きコンテストへの参加を募るなど、提供には様々な形がある。背景には、世界の高度な民生技術を確保し、軍事に応用する米軍の戦略がある。

インドで開かれた国際大会で、ロボットについて軍関係者らに説明する野波教授(右端)=08年3月インド・アグラ、インド国立航空宇宙研究所提供

◇日本の技術の軍事応用も視野

軍服姿の米軍幹部がヘリコプター型の小型無人ロボットを手に取り、開発者の野波健蔵・千葉大副学長(工学部教授)が隣で身ぶりを交えて説明する。そんな様子が動画投稿サイトで公開されている。

米国防総省が資金提供し、インド国立航空宇宙研究所と米陸軍が2008年3月にインドで開いた無人航空ロボット技術の国際大会の一場面だ。千葉大チームは「1キロ先の銀行に人質がとらわれ、地上部隊と連係して救出作戦に当たる」というシナリオのもと、自作ロボットで障害物や地雷原、人質やテロリストの把握などの「任務」に挑んだ。

09年には野波副学長を代表とし、米国出身の同大特任教授とつくる「チバ・チーム」が米豪両軍が主催する軍事ロボットコンテスト「MAGIC2010」(優勝賞金75万ドル、約6300万円)にエントリーした。同チームにはすでに研究開発費5万ドルが与えられた。今年、最終予選でベスト6となり、11月に豪州で行われる本選への切符を手にした。

このコンテストでは、市街地で非戦闘員と戦闘員を識別する自動制御の軍事ロボットの能力を競う。レーザーポインターを武器に見立てて照射して敵を「無力化」する。副学長は「学生はこうしたコンペでは燃える。動機付けとして非常にいいと考えた」と参加の理由を語る。

米軍の研究開発予算は2010年度で800億ドル(約7兆円)。この一部が世界に提供されている。軍事技術コンテストもその一つだ。

有望な研究者らに対する研究費や渡航費、学会などの会議の開催費などの名目で助成するものもある。日本、韓国、中国、豪州などアジアと太平洋地域向けに資金を提供する空軍の下部組織「アジア宇宙航空研究開発事務所」(AOARD)によると、空軍から日本への助成件数は10年間で2・5倍に増えた。助成総額は明らかではないが、関係者が明らかにした助成1件の平均額から単純計算すると、10年でざっと10倍に増えている。

経済産業省は、軍事応用されかねない技術の国外提供に枠を定め、外為法で規制している。

◇米国/急速な技術革新、独自開発に限界

東京・六本木の米軍施設「赤坂プレスセンター」(通称ハーディー・バラックス)のビルの中に、陸、海、空軍の各研究開発事務所が入るフロアがある。主にアジアの研究者に資金提供したり、研究者や研究内容の情報を収集している。

スタッフは合わせて数十人。軍人より文民の方が多い。「プログラムマネジャー」などの肩書を与えられて国内の情報収集に協力している日本人の研究者もいる。

AOARDを通じた日本への資金提供には、(1)研究開発費(研究助成)(2)会議運営費(会議助成)(3)米国などへの渡航費(旅行助成)――の3種類ある=表。

世界の学術研究の成果(論文数)に米国が占める割合は、80年代以降下がり続ける一方、アジアの伸びは著しい。米空軍が世界に提供する研究費のうち、アジア向けは今、欧州向けと並んで4割を占める。

AOARDは92年に開設された。前年の湾岸戦争では、巡航ミサイルなど多数の新兵器が投入され、以後、軍事技術のあり方は急速に変わった。

拓殖大の佐藤丙午教授(安全保障論)によると、兵器のハイテク化に伴って高額化する研究開発費を米軍が単独でまかなうのはますます難しくなっているという。「冷戦後の流れから考えれば、日本への助成額の増加は当然の流れ」と話す。

◇日本/魅力的な研究費、根強い抵抗感も

東北学院大(宮城県)の十合(とう・ごう)晋一名誉教授は03年、研究室でAOARDの関係者の訪問を受けた。関係者は軍の研究資金について説明し、提供を申し出た。研究テーマは超小型ガスタービン技術の基礎研究。小型発電機に使え、自走型ロボットや超小型航空機の電源への応用が期待される。

教授は経済産業省に問い合わせて武器輸出の規制に抵触しないことを確かめ、3回にわたって総額約20万ドルを受け取り、成果を報告書にまとめて提出した。

「義務は報告書の提出と、論文に資金提供者名を明記することだけ。特許などの知的財産は研究者が保有できる好条件だった」と振り返る。

米軍の研究費は使い道が自由なのが特徴だ。1年で1万8千ドルの資金提供を受けたある日本人は、文献研究による20ページほどのリポートを提出しただけ。研究成果ばかりでなく、人脈作りを重視していることをうかがわせる。

提供を受けるのは、プロジェクト研究を率いるノーベル賞級の学者から、少額の旅費にも事欠く若手の博士研究員(ポスドク)まで幅広い。

ある国立大の30代の助教は、自分が発表する国際学会に参加する渡航費の助成を、米空軍と米科学財団から受けた。国の助成に応募したが認められなかったためだ。助教は来年度には任期が切れる不安定な身分。研究者であり続けるには成果が必要だ。「いまはどんな助成チャンスでもすがりたい」と話す。

一方で、結果的に軍事技術開発につながりかねない研究をすることへの抵抗感も、日本の科学者の間で根強い。「MAGIC2010」に出場したチバ・チーム代表の野波副学長は「本選への参加は取りやめた」と話し、「スポンサーは軍。私の良心があるので悩んだ」と理由を語った。

◆メモ・軍事と科学技術研究の歴史

ベトナム戦争のただ中の1967年、半導体の国際会議を主催した日本物理学会が、米陸軍から資金提供を受けていたことが新聞報道で明らかになった。旧文部省が調べたところ、37団体が米陸軍から約3億8千万円の資金提供を受けていた。

提供先の大半が細菌や病理研究で、生物化学兵器開発とのつながりが懸念された。物理学会は同年、軍隊との一切の協力関係をもたないなどとする決議を採択。日本学術会議も軍事目的の科学研究を行わない声明を出した。

千葉大学は07年、ロボット開発を平和目的に限るとする「ロボット憲章」を作った。こうした内規を作る動きは今もあるが、高度になった民生技術は、軍事技術にすぐに応用できる。軍からの研究資金提供に抵抗が少ない海外を日本の研究者が訪れる機会も増える中で、日本だけが軍事と民生に境界線を引くのは難しくなりつつある。

◆インタビュー

AOARDのケネス・ゴレッタ所長(55)=写真=に聞いた。

Q 活動の内容は。

A 世界の優れた研究の3分の2は米国外で実施されており、空軍は基礎研究予算の2~3%を米国外での用途にあてている。我々は環太平洋地域でどんな研究が行われているかを調べ、資金提供先を選んでいる。

Q 提供の目的は。

A 優秀な科学者を見いだすことだ。国際会議を援助して出席し、有能な人材に米国への旅行費を援助し、我々空軍関係の科学者と面会し、研究の議論をする。研究資金の援助に発展することもある。

Q 注目する分野は。

A 日本で投資効果の点で成功している分野に素材開発がある。ジオポリマーなどは耐爆風性が高く、特定のタイプの滑走路の材料として理想的だ。

Q 日本では軍事に対するアレルギーがあるが。

A 憲法9条は軍事と民生を明確に分けているので、支援対象は直接軍事応用につながらないものに限っている。研究者が資金援助を望んでも、所属する大学が望まないこともあるので、意を尽くして我々のプログラムと目的を説明している。大学側の判断によっては、研究者個人への資金援助は撤回することにしている。

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