技術移転機関に秋風 ライセンス収入低迷『朝日新聞』2010年9月18日付

『朝日新聞』2010年9月18日付

技術移転機関に秋風 ライセンス収入低迷 

 大学の研究成果を特許化して企業に技術の橋渡しをする技術移転機関(TLO)が、転機を迎えている。特許の使用許可を企業に与える見返りに得るライセンス収入が低迷。国も支援を絞り込んだため、採算が合わなくなって事業清算や再編に踏み切る動きが出始めた。

■精算・再編相次ぐ

 「では、契約に際して重要事項を説明しますね」。東京・品川にある機械メーカーの応接室。8月初め、東急建設OBの鷹巣征行さん(67)は、大学発の特許をこのメーカーにライセンスするための最終交渉に臨んでいた。

 売り込みを図るのは、東京工業大が2月に特許登録した「匂(にお)い調合装置」。匂いのパターンを機械に認識させ、複数の香料を混ぜて注文通りの香りを再現する。「映画館や劇場で効果的な匂いを演出できる」。鷹巣さんはそう太鼓判を押す。

 鷹巣さんは「特許流通アドバイザー」の肩書を持つ。大学特許の産業界への移転を手助けするため、国の支援事業で約10年前に東工大のTLOに派遣された。現在84人のアドバイザーが全国のTLOや地方自治体に散らばる。

 しかし、鷹巣さんの仕事は今年度で最後だ。財政難もあって国が支援事業を打ち切るためだ。今後はTLOがアドバイザーを直接雇うことも考えられるが、TLOには資金面の負担が重くのしかかる。

 文部科学省によると、2008年度に日本の大学が得たライセンス収入は9億8千万円。特許の出願・取得にかけた約25億円の費用すらまかない切れない。大学がTLO設立後5年間もらえた国の補助金も、08年度の承認分以降は廃止された。ライセンス収入だけでは運営できず、事業をたたむTLOも出てきた。

 典型例が大阪TLOだ。大阪大や関西大など近畿圏の8大学の技術移転を促すため、大阪府や大阪市などが出資して01年に設立された。だが、補助金を除けば単年度で一度も黒字化を果たせず、来年3月末での清算を決めた。

 04年度に旧国立大が法人化され、大学が自前で特許を管理できるようになったことも、TLOの位置づけを難しくしている。学内の組織と機能が重複し、存在意義が揺らぐ。5月には長崎大のTLOが独立採算をあきらめ、事業は大学組織に吸収された。

 大学の技術移転を担うのは企業OBが中心。あるTLO幹部は「最新のビジネス事情に詳しい若手人材も欲しいが、彼らを引きつけるだけの報酬が支払えない」と悩む。

 TLOの厳しい状況を打開するため、大学間の連携を探る動きも出始めた。

 金沢大ティ・エル・オーや新潟TLOは、日本海側の11大学とともに日本海地域大学イノベーション技術移転事業(KUTLO―NITT)を08年に設立。強みを持つ創薬や医療などバイオ分野に特化した技術移転を始めた。

 特に移転先として着目しているのが海外のバイオベンチャーだ。KUTLO―NITTの平野武嗣社長は「海外での実務経験や語学力、交渉力にたけた専門家は地方に少ない。大学間で特許と人材を共有すれば、海外に打って出る可能性が広がる」と話す。

■共同研究の深化必要

 日本の大学は産学連携による共同研究を進め、特許出願件数を伸ばしてきた。だが、大学が保有する特許の利用率はわずか2割にとどまる。

 背景には、大学の特許は基礎技術が中心で、周辺の特許まで取得されておらず、企業が使いにくいという問題がある。企業の海外展開を視野に入れた大学側の出願対応についても、予算に制約があって追いついていない。自国だけでなく、海外にも特許出願する比率は米国の大学が51%、欧州の大学が62%に対し、日本の大学は24%に過ぎない。

 大学と企業が「共同出願人」になる割合が大学の特許出願件数の約7割まで拡大した影響も大きい。

 特許法73条の規定によると、共有する特許を第三者に供与する場合、共同出願人の同意が必要だ。大学が特許を活用しようとしても、企業がライバル企業への供与を認めないケースも多い。東大先端科学技術研究センターの渡部俊也教授は「大学が企業と共同研究して開発費を安く抑えたことが、技術移転の障害になっている」と指摘する。

 もっとも、自前で技術開発する志向が強かった日本企業も、外部の技術を使って開発効率を上げなければ、海外企業との競争には勝てない。産学連携を単に共同研究で終わらせず、出願前から実用化を意識した「課題解決型」の技術開発が求められている。(都留悦史)

     ◇

 〈技術移転機関(TLO)〉 Technology Licensing Organizationの略。1998年5月に成立した「大学等における技術に関する研究成果の民間事業者への移転の促進に関する法律」に基づいて全国の大学で設立が進み、今年7月末で50のTLOが存在する。組織形態は大学の一部門や株式会社など多様。大学の知的財産の活用で得た収益を研究者や大学に還元し、研究活動の活性化を図る狙いがある。

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