関西発の新産業を産学で 大阪大学産研にインキュベーション棟完成『産経新聞』関西版2010年8月1日付

『産経新聞』関西版2010年8月1日付

関西発の新産業を産学で 大阪大学産研にインキュベーション棟完成

バイオや環境、IT(情報技術)、新素材などの新産業が関西ではぐくまれ、世界にはばたく。そんな壮大なプランが大阪大学産業科学研究所(阪大産研、大阪府茨木市)で動き始めた。産研に民間企業が入居できるインキュベーション棟が今春、完成した。入居企業の研究開発を最先端の研究機器と充実した研究陣で全面支援し、明日の日本を支える産業を育てる産研の挑戦に対し、各方面から注目が集まっている。

「世界トップクラスの分析機器を利用でき、優秀な先生と共同研究できる。家賃が安く、初期投資が少ないのも私たち中小企業にとって魅力でした」。健康食品メーカー、ファイン(大阪市東淀川区)の佐々木義正社長は入居理由をこう説明する。

インキュベーション棟の研究室に発酵プラント2台を設置し、2人の研究者を常駐させた。健康食品の素材の中で高価なものを低コストで生産するための新たな発酵法の開発を目指す。

同社は玄米スープやしょうがコーヒーなど多種類の健康食品を生産。佐々木社長は「発酵分野で業界の常識を一新する画期的な製法を開発し、3年後に実用化する。産研の協力があれば可能だ」と自信を示す。

産研は産学連携を強化するため昭和14年、関西経済界の協力で発足。世界的に激化する産学連携の研究開発競争に負けないため、今春、インキュベーション棟を完成させた。全国の国立大学で独自事業としてキャンパス内にインキュベーション施設(鉄骨5階建て約5100平方メートル)を建設するのは初めて。2階と3階は民間企業が入居できる「企業リサーチパーク」で、計28の実験室や研究室がある。これまでに4社が入居を決めた。

最大の魅力は最新の研究・分析機器を利用でき、充実した陣容の研究者の協力を得られることだ。主要な機器は別表の通りで、超伝導核磁気共鳴装置NMRなど世界最高性能の機器がそろっており、格安の料金で利用できるという。

また、金属加工やガラス加工ができる試作工場も設けられ、研究成果をすぐに試作品にすることも可能となっている。

産研には「情報・量子化学系」「材料・ビーム科学系」「生体・分子化学系」の3つの研究部門と超微細加工技術のナノテクノロジーセンターなどがあり、幅広い事業分野の民間企業の研究開発をサポートできる体勢だ。

産研には総勢約540人の研究者が在籍し、軽量でも振動が伝わらない画期的な金属材料を開発した中嶋英雄教授や全方位カメラ開発の八木康史教授、ハイブリッド車に導入された電力用半導体の実装技術を開発した菅沼克昭教授ら世界的に注目を集める実用化成果を挙げている研究者も多い。

入居企業が相談したり、共同研究できる人材はこれだけではない。産研には阪大大学院の理学、薬学、工学、基礎工学、情報科学、生命機能の6研究科と講座などで密接な協力関係にあり、阪大全体の研究スタッフの知能を活用できる。

こうした好条件をうまく活用し、ビジネスに結びつけるには企業の知恵と工夫も不可欠だ。化学薬品専門商社の日新化成(大阪市中央区)は、半導体生産の新たな生産プロセスを開発するためインキュベーション棟への入居を決めた。

同社の植村正社長は、これまでも産学連携を進めてきた経験を踏まえ、企業の心構えとして「企業側も教えてもらうばかりではなく、研究成果やノウハウなどを大学側に提供する姿勢が大切だ」と話す。その上で「研究開発は紆余(うよ)曲折があるから短期的な結果ばかりに固執せず、長期的な視点も重要。情報収集や人材養成でも有用なことを十分に認識すべきだ」と指摘する。

大学・企業 双方にメリット/画期的な技術確立戦略も

大阪大学産業科学研究所(阪大産研)の山口明人所長に、新たなインターシップの創設や新産業の創出などインキュベーション棟を活用した戦略について聞いた。

――インキュベーション棟を建設した理由は

「産研は大阪大学の産学連携を進める中心的な研究所であり、企業がサテライト研究室などを設置できる場を設けたかった。入居企業は産研のみならず、阪大全体の研究施設を有効利用できる」

――大学側のメリットは

「それは大きい。例えば、インキュベーション棟を利用してオンキャンパス型のインターンシップをやっていきたいと考えている。日本の各大学では博士号取得後の研究員(ポスドク)の就職難が深刻化している。インキュベーション棟の企業研究室では、多くの研究スタッフが必要になるはずで、博士号研究員を活用してほしい。それで気に入ってもらえば、採用に結びつくはずだ。」

――新産業をどのように育成していくのか

「複数の企業が得意分野の技術を持ち寄って共同開発するオープンイノベーションの手法を推進したい。商品開発競争が激化する中で1社だけで商品開発を完結させるのは難しくなっている。オープンイノベーションは不可欠な手法だが、日本は欧米に比べて導入が遅れている。インキュベーション棟の入居企業同士なら情報交換がしやすく、信頼関係も醸成しやすいだけに、オープンイノベーションを導入できる環境を整えられる」

――どのような新産業を育成するのか

「モデル事業として期待しているのは、印刷技術と素材技術を融合したプリンテッド・エレクトロニクスだ。超高性能のインクジェットプリンターによって布や紙などを含むさまざまな素材に大規模な集積回路を低コストで印刷し、ディスプレーなどの電子部品に仕上げる技術だ。将来的には着ている服のデザインを変えたり、紙製テレビも可能になる」

――画期的な技術だ

「経済波及効果は大きく、関連する事業分野も電機や印刷、素材など幅広い。近畿経済産業局の協力を得て多くの企業とともに5月に研究会を立ち上げた。産学の力を結集して事業化し、関西経済を浮揚させるビジネスになることを期待している」

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