理想追えないむなしさ 国立美術館・博物館の事業仕分け『朝日新聞』2010年5月21日付

『朝日新聞』2010年5月21日付

理想追えないむなしさ 国立美術館・博物館の事業仕分け

鳩山政権による「事業仕分け」第2弾(前半戦)の結果が出て約3週間が過ぎたのに、役所内にはまだ、むなしい空気が漂っている。国立の美術館・博物館の収集事業について「事業は拡充せよ」「だが投入する国費の増額は認めない」との判定を下された文化庁のことだ。

美術館・博物館を運営するのは、国立美術館、国立文化財機構の二つの独立行政法人だ。仕分け人は、館の施設を結婚披露宴やパーティーの会場として貸し出してでも自己収入を増やすよう求めた。だが、両法人は収入の9割を国からの交付金・補助金に依存している。1割しかない自己収入をどこまで増やせるというのか。

川端達夫文部科学相は18日の閣議後会見でこう話した。「大事に保管する、保存するのが本来の目的。お客さんがたくさんくるとか、収入があるとかないとかいう話が目につきがちだが、できないことはできない」

語られる目標は素晴らしい。だが、それを実現する道筋が示せない――。美術館問題の中に、普天間問題でもがく鳩山首相にも通じる構図を感じた。

目標を高らかに掲げることはリスクが伴う。実現できなければ、政権を信じた国民も無力感に襲われてしまう。だからこそ目標を実現しようと懸命に走りまわる人間が必要ではないか。

国立美術館の改築工事の大変さを描いたオランダのドキュメンタリー映画「ようこそ、アムステルダム国立美術館へ」(今年8月渋谷ユーロスペースなどで公開予定)にヒントがある。

この美術館、大規模な改築による館の生まれ変わりを目指したが、次々と障害にぶつかる。地域住民に反対され、設計変更を強いられる。入札も参加業者が少なく、工事費が予算を超える。だが映画からは、館の再生にかける館長や各部門の責任者の学芸員たちの熱情や意欲がひしひしと伝わってくる。

仕分けで示された「目標」を実現するには、副大臣・政務官級の政治家か、文化庁次長級以上の官僚が強力な指導力を発揮する必要がある。法人のお金が余ったら国に返納しなくてはならない制度もあり、そうした制度の見直しは役所の1部門では手に余るからだ。美術館の展示の充実という理想を信じ、この問題を24時間考え続けるような熱意のある担当者もほしい。

オランダの館長はこう話していた。「私にとって大事なのは理想が守られるか否か。それが私の基準だ」

現実を前に妥協を強いられたとき、理想の中核部分が溶けずに残るかどうか。異国の文化の担い手たちのしぶとさに脱帽しつつ、彼我の理想の強度の違いについて考えさせられた。(赤田康和)

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