変わりゆく大学のいま~激流の中で みわよしこ 第4回「人が減ったのに仕事は減らない……」ダイヤモンド・オンライン 2014年2月28日

ダイヤモンド・オンライン 2014年2月28日

変わりゆく大学のいま~激流の中で みわよしこ

第4回「人が減ったのに仕事は減らない……」

国立大学法人化が変えてしまった大学職員の日常

2004年に国立大学が法人化されてから、2014年3月で満10年となる。

「優れた教育や特色ある研究に各大学が工夫を凝らせるようにして、より個性豊かな魅力のある大学になっていけるようにするために」(文科省「国立大学の法人化をめぐる10の疑問にお答えします!」より)という当初の趣旨は、どのように実現され、あるいは実現から遠ざかっているだろうか?

今回は、東京大学・数理科学研究科図書室に勤務する一人の図書館司書の日常と業務を中心に、「国立大学法人化」とは何なのかを紹介したい。

給与明細で実感する 「公務員ではなくなった」

東京大学には、30の図書館・図書室がある。数理科学研究科図書室は、その一つだ。

数理科学研究科図書室長(2011年当時)のAさんは、2004年、国立大学法人化が行われた時期、別の国立大学で図書館司書(注)として勤務していた。国立大学法人化の前後で、図書館司書の業務の内容が変わるわけではない。給与も、ただちに変動するわけではない。

しかし2004年4月、給与明細を確認してみると、新たな天引き項目が加わり、手取り給与は少し減少していた。新たな天引き項目とは、「雇用保険料」である。基本的には失業のない公務員の身分から、失業もありうる国立大学法人職員への変化。雇用保険料を支払うということは、失業すれば失業給付の受給が可能ということでもあるのだが。

「ああ、公務員ではなくなったんだなあ、と実感しました」

国立大学法人の職員は、現在でも「みなし公務員」である。公務に従事しているものとみなされ、義務や制裁においては基本的には公務員と同様である。しかし、公務員そのものではない。官なのか?民なのか?これからは、誰のために仕事をすることが求められるのだろうか?

もちろん、変わったことは「雇用保険料」だけではない。

「労働基準監督署のチェックが、厳しくなりました。原則、残業は事前に届け出をしないと出来ないようになりました」

それは、長時間労働を防ぐために、むしろ望ましいことかもしれない。

「でも、人は減るけど仕事は減らないんです」

(注)現在、国立大学法人に職名としての「(図書館)司書」は存在しない。しかしAさんの業務内容は、まぎれもなく図書館司書業務であり、図書館管理業務である。このため、本文中では「(図書館)司書」という用語を用いている。

カウンター業務だけではない 図書室長の多忙な日常

Aさんの勤務時間は、午前9時から17時30分である。しかしAさんは毎朝、8時30分には出勤している。

「まず、閲覧用の机を拭きます。消しゴムのカスの山になっていますから。それから、窓を開けて空気を入れ換え、コピー・照明などの電源をオンにします」

図書館の開館時間は、通常は9時15分から19時45分までだ。

「この図書室には、私を含めて5人の職員がいます。それぞれ、個人の都合があったり業務内容が異なっていたりしますから、勤務時間はずらしています」

入り口にはカウンターがある。カウンターには常時1人、職員の誰かがいる。

図書館職員の姿として、カウンターでの書籍・雑誌の貸出を思い浮かべる方は多いだろう。

しかし図書館職員の業務は、カウンター業務だけにとどまらない。

「まず、書籍や雑誌の購入ですね。もっとも、この図書室では、何を購入するかについては、図書担当の先生が、他の先生・学生さんたちの意見も聞きながら決めています」

大学図書館を利用するのは、学生だけではない。教員も職員も利用する。その幅広いニーズを考慮して何を購入するか・何を購入しないかを決定することは、決して容易ではない。

「購入した図書・雑誌の受入業務は、図書室のスタッフが行っています。分類して、ラベルを貼って、カバーをかけて、書架に配置するという一連の業務ですね」

書籍は、どの程度の冊数を取り扱っているのだろうか?

「書籍は、1ヵ月あたり60~100冊程度です。1ヵ月あたりで、約100万円です。ほとんど洋書だから、高いんです」

雑誌はどうだろうか?

「大学が一括で契約している雑誌の他に、600誌を購読しています。年間で700万円程度です。全部、数学関連の学術雑誌です」

書籍と雑誌だけで年間約2000万円。思わず、溜息がこぼれてしまう。

「でも、本と雑誌は、ここの仕事の道具ですから。それに、日本の雑誌は安いんですよ。海外の雑誌は、高いものだと年間50万円ほどです」

バブル期には、さらに高くついていたそうだ。

「当時、日本向けの価格が高く設定されている学術雑誌が結構あったんです。ほとんど読まれない、必要の少ない分冊も混ぜてパッケージしていたんですね」

可能な限り、不要なもの・必要ないものを除いて注文することも、図書館司書の業務であったりする。

 

補充されない人員、 減らない仕事

1980年代前半に大学を卒業したAさんは、いったん就職したけれども、図書館司書になろうと決意。司書資格を取得できる大学に編入し、資格を手にして卒業した。

卒業後は、ある私立大学に就職した。

「私学は、水が合わないと大変です。卒業生が就職するのならいいんでしょうけど」

1990年、Aさんは公務員試験を受験し、合格。東大に配属された。東大の30の図書館・図書室あわせて、同期は10人。当時、東大の図書館・図書室のスタッフは合計300人だったという。

「今は、図書館・図書室の数は変わらず30ですが、スタッフは200人ほどです。新人の配属は、ない年もありますね。年齢構成が逆ピラミッド形になってしまっています」

大学法人化が、人件費削減につながっている側面は否めない。

「そうなんです。人は減るけど、仕事は減らないんです。すると、ゆとりが減ります」

そのゆとりは、業務に必要なゆとりでもある。そのことを主張したこともある。すると「民間に業務を出せばいいじゃないか」と言われたこともある。

「でも、民間委託すると、かえって高くつくはずなんですよね。現在の人件費を増やさずに出来ることではないです」

Aさんが、この図書室の室長になった2007年、スタッフはAさんを含めて6人だった。1人が退職した後、人員の補充は行われていない。業務は減っていない。

「だから、利用者の方々との協力関係が大切だと思っています。利用者の方々、先生方、学生さんたちとは、協力関係を築きたいです。カウンターの第一印象は大切にしています」

図書館司書全体の

“地盤沈下”が起きている

利用者との協力関係を築くにあたって非常に重要なのは、図書館業務の中核をなすレファレンス(調査支援)サービスであろうと思われる。

「そうなんですけど、私たちスタッフ5人は全員、数学のバックグラウンドがないんです。だから、内容についての質問には答えられないんです」

それでも、出来ることは少なくない。それに大学という場所には、毎年、新入生がやってくる。この数理科学研究科図書室も、毎年、理学部数学科の新3年生を迎える。

「『数学専門のデータベースで検索をして結果が出てきたらしいんだけど、結果の見方がわからない』とか、『必要な情報が何に掲載されているかは分かったんだけど、それが図書なのか雑誌なのか分からない』とか、そういう質問は毎年ありますね。それなら、私たちもある程度はわかりますし、答えられます」

いくつもの学術データベースを使いこなすことは、研究の世界の入り口に立った学生が最初に直面するハードルの1つでもある。そのデータベースの提供・運用も、大学図書館の役割の1つである。もちろん各大学の図書館では、データベースの使いこなしに関する講習会を積極的に開催している。

「講習会情報は重要ですね。データベースのアップデートの後など、それまで使いこなしていた方も迷うくらいです。困っている方に対しては、メールで質問できるサービスが存在することをお知らせすることもあります」

本来、この図書室には、数学のバックグラウンドを持った司書が常駐していてもよいほどかもしれない。そのような司書が、数学研究にまつわる悩みを抱えた利用者に対して積極的に寄り添うような支援を行えるような体制を整備したら、どうなるだろうか?もしかすると、教育や研究の営みの姿が大きく変わるかもしれない。でも、この10年間ほどで起こりつづけていることは、図書館司書という職種の専門性に対する軽視と、図書館司書全体の労働環境悪化である。大学図書館に限ったことではない。あなたの住む地域の公共図書館に、あなたのお子さんの通う学校の図書館に、現在、専任の司書はいるだろうか?

 

 

 

 

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