連載[科学再考] 第3部 頼られるために(下) 『読売新聞』 2013年12月23日付

『読売新聞』 2013年12月23日付

連載[科学再考] 第3部 頼られるために(下)

日本は今後、科学技術と社会の関係をどのように構築していくべきなのか。そのための課題とは何か。連載を締めくくるに当たり、日英の識者に聞いた。

◆双方向で社会と関わる

英政府主席科学顧問 マーク・ウォルポートさん

専門は医学。2003年から10年間、医学研究に助成する世界有数の慈善団体「ウエルカム・トラスト」の理事長を務め、助成を受けた研究者に成果の無償公開を義務づける施策などを導入した。英ロンドン大インペリアル・カレッジ医学部長などを歴任。今年4月から現職。60歳。

英国では一般的に、科学と社会の関わりの重要性が広く認識されている。関わり方も、科学者から市民への一方通行ではなく、双方向の議論や質疑が基本になると考えられている。科学者は、人々がどのような価値観で世界を捉えているかを理解し、率直な議論をしなければいけない。

コミュニケーションは非常に難しい。議論の組み立て方もよく考えないといけない。それでも、研究成果を市民に伝えるまで、科学者の仕事は終わらないのだ。

科学者は市民に対し、わからないことはわからないと明確に伝え、「現時点で考えられる可能性はこうだ」と示すことを恐れてはならない。緊急時には特に、この姿勢が重要だ。

東京電力福島第一原発事故の際、英国では、緊急招集された専門家が、最悪のシナリオやその可能性を検討し、事故の数日後、東京在住の英国民が避難する必要はないという結論を政府に伝えた。

私の主な仕事は、科学技術分野における政府への助言だ。英政府の全省庁にそれぞれ科学顧問がおり、情報交換を密に行っているので、様々な分野をカバーできている。

私が行うのはあくまで助言であって、決断するのは政治家だ。ここには明確な違いがある。例えば、エネルギー政策を考える時、資源が安定して確保できるのか、持続可能性はあるのか、資源の価格は妥当か――といった様々な視点が必要だ。科学は政策を決める上で最も重要な要素かもしれないが、唯一の要素ではない。

英国や日本のような政府が重要視するのは、国民の健康と経済だろう。どちらにおいても、科学技術が占める役割は大きい。アイデアを知識に、知識を社会に役立つものに変えていくには、分かち合うことが必要で、透明性を忘れてはならない。

人々は科学に魅せられている。ヒッグス粒子やiPS細胞(人工多能性幹細胞)が良い例だ。様々な手法で情報発信し、社会全体で考えることを続ければ、科学技術と社会は良好な関係を築けるだろう。

◆「3・11」後市民の知を重視

大阪大コミュニケーションデザイン・センター教授 小林傳司(ただし)さん

専門は科学哲学、科学技術社会論。福岡教育大助教授、南山大社会倫理研究所長などを経て、2005年から現職。遺伝子組み換え作物などをテーマに、市民と研究者が対等に議論する「コンセンサス会議」を日本で初めて開催。01年に設立された科学技術社会論学会の初代会長を務めた。59歳。

 

「3・11」を経て、科学者も市民も、変わった部分が確実にあると思っている。科学の不確実性について正面から否定する人はいなくなった。市民は、専門家が常に「答え」を持っているわけではないと理解し、自分の生活と結びつけて考えるようになってきているように感じる。普段は社会との接点を考えないような基礎研究系の科学者が、社会に向けて自発的に発信するといった動きもあった。

それでも、変化の度合いはまだ緩やかだ。日本では今、科学技術と社会についてきちんと議論をする場がないのではないか。

国際的には、科学技術と社会との関わりが重要だという認識はますます強まっている。

注目しているのは、昨年始まった「フューチャー・アース」という国際科学会議のプロジェクトだ。地球環境問題に関する国際的な研究成果が、市民に理解され、利用される知識になっていないとの反省からスタートした。様々な分野の科学者と市民、行政が一緒になって、「何を研究すべきか」というテーマ設定から話し合おうとしている。

米スタンフォード大には、社会が何を求めているのかを考える人文学と、それを技術的に実現させる理工系、社会へ浸透させる社会科学という三つの視点を持った人材を育てるプログラム「Dスクール」がある。独ミュンヘン工科大は、社会における科学技術を考える専門組織を設立した。

一方、日本の大学は今、「世界的な大学ランキングで上位を目指せ」というプレッシャーが大きい。順位を上げるには研究論文などで成果を上げなければならず、社会との関わりに力を注ぐ科学者が出なくなるのでは、と危惧している。

日本の主要大学は、社会との関わりを考える組織や教育プログラムを持つべきではないか。能力を自己実現のためだけに使うのではなく、社会に関わり、世のため人のために動くという感覚を持つ。科学技術を革新していくのも、そうした人材ではないかと考えている。

(第三部は原田信彦、新井清美が担当しました)

 

 

Proudly powered by WordPress   Premium Style Theme by www.gopiplus.com