『読売新聞』 2013年12月13日付
アジア諸国「法律学ぶなら名大」…きっかけは
現場を歩く 国際交流
「貧困が原因だ」。
法学部の3、4年生グループが発表すると、ベトナム人留学生が「問題は教育だ」と反論した。カンボジアやモンゴルからの留学生も、それぞれの国の実情に触れながら考えを披露し、議論は一気に白熱した。
11月初め、名古屋大学の一室。ベトナムの人身売買問題をテーマに、学生たちが意見を戦わせていた。
授業ではない。学生チームが学外の討論会に出るための練習の場に、留学生が興味を持ち、駆けつけた。博士課程1年のウズベキスタン人、イブラギモフ・ブニヨドベクさん(27)は「日本の学生のこと、何でも知りたい」と言う。「いずれ母国の法整備に携わった時に、頼るべき仲間。何でも参考になるから」と理由を話した。
同大は近年、アジアの国々から、「法律を学ぶなら名古屋大で」との評価が高い。官僚や法律家を目指す精鋭が国費や私費で続々と留学してきている。きっかけは1990年代、当時法学部長だった森島昭夫・名誉教授(79)のベトナム訪問。中部地方の経済界が望むアジアとの交流をどう進めるかの調査が目的だったが、話は意外な方向に発展した。
長年の戦争で荒廃したベトナムはその頃、復興に向けた「ドイモイ(刷新政策)」にまい進していた。社会を安定させるための法律整備が進められていたが、専門家不足のまま作られた法律は重複や矛盾が目立ち、かえって混乱のもとに。森島さんはベトナム司法大臣との会談で、その窮状を訴えられた。
「経験を共有しなければ」――。戦後復興期の日本と重なって見えた森島さんは帰国後、法務省などに支援を呼びかけた。その一方で、手弁当で何度もベトナムに出かけ、現状やニーズを調べて民法、民事訴訟法の起草にこぎつけた。講義や研修も活発に行い、法律家の養成も。その真摯(しんし)な姿勢が、カンボジアなど周辺国にも伝わっていった。
これまでに同大は、法教育研究の拠点としてカンボジア、ベトナム、モンゴル、ミャンマー、ウズベキスタンに計6センターを開設。センターで研究した学生たちの多くが留学し、改めて同大で日本の法律を学んでいる。「日本の優れたところを持ち帰るため」(モンゴル人留学生)という。
そうした留学生との切磋琢磨(せっさたくま)は、日本人学生の刺激にもなっている。人身売買について発表した法学部3年の須賀原匠さん(21)は「国の期待を背負う人たち。覚悟と真剣さが違う」と圧倒された表情だ。
センターは来年早々、インドネシアやラオスにも開設される。単なるマーケット開拓ではない、血の通った大学発の国際交流が広がりつつある。(編集委員 松本美奈)