(私の視点)労働の質 人への投資で高める必要 『朝日新聞』2013年7月8日付

『朝日新聞』2013年7月8日付

(私の視点)労働の質 人への投資で高める必要 金井利之

 このままでは日本社会における人材は「安かろう、悪かろう」になってしまう。将来に向けて、それでよいのか。改めて考える必要がある。

 「安かろう、悪かろう」を端的に示すのが、復興を目的とする昨年来の公務員給与の7・8%削減だ。復興予算の流用が相次ぐように、実は復興予算は余って いる。また、復興のための所得増税に加えて公務員だけが二重に負担するのは、公平性の点で問題がある。それにもかかわらず、公務員給与を下げることは、質 の低い仕事でよいと認めることになる。むしろ公務員に高付加価値の仕事をさせることこそが大事だ。

 公務員給与のあり方は、政府・民間企業・家計を問わず、日本社会における人材に関する根源的な問題の反映だ。「安かろう、悪かろう」の人材で、これからの日本が生きていけるのか。給料は高いが、よいものを生み出す、そんな高付加価値の労働こそ必要ではないか。

 「安かろう、悪かろう」の第1の問題は、仕事を通じて能力を蓄積すべき時期の20~30代が不安定な非正規雇用のまま使い尽くされ、十分な能力を形成す る機会を奪われたことだ。その結果、第2の問題として、たとえば医療や介護、子育てなど公共的なサービスでも圧倒的に人手不足なのに、仕事をこなせる人材 がいない。

 いま必要なことは、人材に投資して能力を高め、社会が必要とするところで高付加価値の仕事ができる人材を育てることだ。企業・行政・NPOが真摯(しん し)に人材を育成するように仕向ける環境作りも重要だ。簡単に非正規労働で済ませたり、賃下げをしたり、従業員のクビを切ったりできなくなれば、能力を上 げて仕事をしてもらうしかない。それこそが経営のはずだ。経営者に人的投資へのインセンティブを与えるには労働規制の強化こそ必要だ。成長戦略で重要なの は、設備投資ではなく人的投資への刺激なのだ。

 しかも、アベノミクスが引き起こすインフレ下では、それを相殺する以上の賃上げが欠かせない。インフレとは実質的な賃金切り下げであり、「安かろう、悪 かろう」政策の典型である。そして、子育ても含め、社会保障の分野にしっかり財政支出を回すべきだ。老後に不安があれば、国民は金を使わない。子育てに金 がかかるので、少子化が助長されている。

 将来への最大の人的投資である子供が減れば、「安っぽい国」への坂道を転げ落ちるだけだ。今まさにその分岐点に立っている。

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