大学、少子化が迫る「淘汰」 定員確保へ学長奔走『日本経済新聞』2013年6月16日付

『日本経済新聞』2013年6月16日付

大学、少子化が迫る「淘汰」 定員確保へ学長奔走

 「申し出をすべて受けたら、3年生全員を推薦しても足りなくなりますよ」。中堅の東京都立高校で長く進路指導を担当する教諭が苦笑する。

■高校と立場逆転

 新入生の受け入れが一段落した5月、今年も大学のセールス攻勢が始まった。豪華な大学案内を手に「指定校推薦枠を設けたので、いい生徒を送ってほしい」と頭を下げる学長や教授。教諭は「高校と大学の立場は完全に逆転した。忙しい時は資料だけ置いて帰ってもらう」と言い放った。

 予備校関係者が声を潜める。筆記試験のないAO(アドミッションオフィス)入試や推薦で学生を確保する一方、一般入試は科目数を減らし合格者を極端に絞る大学が後を絶たない。「入学者の実態よりも高く見せる偏差値操作ですよ」

 学生集めになりふり構わない大学。そこにはもはや最高学府の威厳はない。

 「大学の数が多すぎる」。昨年秋、田中真紀子前文部科学相が突然、新設大学の不認可を言い出した騒動は「大臣の暴走」で決着したが、田中氏の問題提起に共感が広がったのも事実だ。

 1992年の205万人を境に減少に転じた18歳人口。しかし4年制大学はその後も増え続け800に迫る。2012年度は私大の45.8%が定員割れに陥った。経営者の甘い見通しと、地域活性化のため若者を定着させたい自治体の思惑が次々と大学を生んだ。

 愛知県新城市にあった愛知新城大谷大はその典型といえる。今春、最後の卒業生を送り出し9年の歴史に幕を下ろした。市の誘致で99年に短大として発足。04年に四年制化したが、山あいのキャンパスに学生は集まらず、一度も定員が埋まらないまま3年前に募集停止に追い込まれた。

 「過疎化が進む土地で若者離れを止めるには誘致が必要だった。母校を失った卒業生には申し訳ない」。誘致に20億円以上を投じた市幹部は声を落とす。それでも今度は、大学跡地に専門学校誘致を目指す。

■「数年が勝負」

 これ以上、大学を増やす必要があるのか――。こうした声が広がる中、下村博文文科相は「平均60%前後の先進国に比べ日本の大学進学率は低い。日本復活のためにも大学の質も量も充実させたい」と大学の量的拡大にカジを切る。

 四年制大学の入学総定員は現在58万人。120万人いる18歳人口は30年前後に100万人程度に減るとされており、今の定員を維持するだけでも先進諸国並みの進学率が必要になる計算だ。大学を増やせば、ハードルはさらに高くなる。

 現場の見方は厳しい。実践女子学園の井原徹理事長はこんなシナリオを予測する。少子化が進めば、成績上位層の絶対数も減る。難関校が今の定員を確保しようとすると偏差値は下がらざるをえない。玉突きで中堅校も下がる。そうなったら下位校はますます試験どころでなくなる。「大学教育はガタガタだ」

 社会人や外国人留学生の受け入れを増やせば、質と量の両立は可能という考え方も根強い。だが、ともに数十年前から言われ続けて一向に実現しない難題だ。

 清成忠男元法政大総長は「人口減少社会を見据えた国の戦略がないのが問題だ」と嘆く。大学問題に詳しいリクルート進学総研の小林浩所長は「大学が生き残れるかはここ数年が勝負。その先に待っているのは淘汰だ」と言い切る。残された時間は多くない。

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