学費負担に軽減策を 入学時納付に限界  公的支援へ合意形成『日本液剤新聞』2012年8月16日付

『日本液剤新聞』2012年8月16日付

学費負担に軽減策を 入学時納付に限界  公的支援へ合意形成

 東京学芸大学の田中敬文准教授は、所得の低迷で、大学入学時に納める初年度納付金の家計負担は限界に来ていると指摘、新たな減税制度の導入や教育費を国民全体で負担する合意形成の重要性を訴える。

 猛暑の中で一人でも多くの受験生を確保しようと、大学ではオープンキャンパスが真っ盛りである。高校生や保護者と応対していて気づくのは、ここ数年、学費や奨学金に関する質問がめっきり増えたことだ。2011年度の大学・短大への進学率は53.9%と前年度よりやや低下しており、学費を捻出できるかどうかが進学の鍵となってきている。

 グラフは、1975年から2011年まで36年間の、国立・私立大学の初年度納付金(国立は入学金と授業料、私立はそれらと施設設備費の合計・全学部平均)を、大学生の保護者世代である50~54歳の勤労者世帯の可処分所得(手取り収入)で割った数値(家計負担率)の推移である。

 国立大進学者の家計負担率は75年の2.7%からほぼ一貫して上昇し、11年には14.1%に達した。私立大進学者の家計負担率は、国立を常に上回っていて、75年の11.7%が2000年代初めに20%を超え、11年には22.7%を記録した。ともに11年が過去36年間で最高で、消費支出に占める割合でも国立が18.8%、私立が30.3%と過去最高だった。

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 国私間の負担格差の解消を、国は私立大学の負担軽減ではなく、国立大学の入学金・授業料引き上げで進めてきた。今では国立大の初年度納付金は約82万円に上る。かつてに比べると大幅な家計負担増だが、それでも11年の14.1%は私立大の78年の水準にすぎない。私立に子供を通わす家計は、長期にわたって重い負担に耐えてきた。

 国立大学の初年度納付金(標準額)は05年以降据え置かれており、私立でも10年以上も値上げしていない大学が珍しくない。私立の平均納付金額は横ばい傾向で、11年はわずかだが減少した。にもかかわらず国私ともに11年の家計負担が最悪となったのは、家計所得が低迷しているからだ。

 総務省「家計調査」によれば、勤労者世帯(50~54歳)の可処分所得は97年をピークに04年まで低下し、05年以降08年まで回復傾向にあったものの、09年以降、再び低下している。11年は前年より約40万円も減った。

 日本学生支援機構の調査によると、学生生活費(納付金や修学費等と生活費の合計)は自宅から地元の私立大学へ通う場合と、下宿して国立大学へ通う場合が、年間約170万円とほぼ同額だという。複数の子供を下宿させて遠方の私大へ通わせるのは不可能に近い。所得の低迷が進学の選択肢を狭めている。

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 初年度納付金が年間消費の2割、3割に及ぶのは異常であり、家計負担は限界に来ている。学費を支出できずに進学を断念する高校生があってはならない。教育の機会均等を保障するためにも、奨学金制度の抜本改革など学生支援策の充実と併せて、家計負担の軽減策が必要である。

 そこで、約50万円に上る国立・私立間の初年度納付金格差是正と、家計負担の軽減を同時に達成できる仕組みとして、授業料の所得控除の導入を提案したい。

 現行税制では大学生家計の支援策として特定扶養控除(63万円)がある。これに加えて、授業料所得控除は、例えば国私差額分約50万円を課税所得から控除する。この仕組みでは、年収が低いほど減税額が大きく、家計所得に応じた支援が可能となる。試算では年収400万円では所得税額がマイナスとなるので、マイナス額を奨学金として支給してもいい。授業料所得控除の長所は、仕組みがわかりやすく、現行の税制度を活用できることである。

 ただ、この制度の創設には大きな課題がある。大学生を持つ家計への減税分を一体、誰がどのように負担するのか。厳しい国家財政を考えれば、教育以外の支出削減か、国債を増やすか、増税ぐらいしか選択肢はない。

 これは、高等教育のコストを誰が負担するかという問題でもある。わが国ではしばしば、教育への公財政支出の少なさが指摘される。その通りなのだが、公財政支出が多い国は、国民の税負担が重いことも忘れてはならない。大学生がいる家計だけが学費を負担するのではなく、大学生のいない家計も負担しよう、国民全体で若者・子供を育てていこうという国民的合意が得られなければ、教育への公費増加は実現できない。

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 日本の高等教育で家計負担の割合が高いのは、高等教育の便益として私的財の側面が強調され過ぎてきたことが一因だ。大卒者の方が高卒者より生涯所得が高いのだから、高等教育コストは便益を得る家計が負担すべきだという理屈だ。

 一方で、大卒者が高収入を得ると所得税額・住民税額も増えるのだから、現在の大学生を支援することで国民はより多くの税収を将来受け取れるという考え方もある。大学生支援が財政的にも理にかなうという主張だ。

 私自身は後者の立場だが、この議論は学生が卒業後、就職して収入を得て税を支払うという前提があって初めて成り立つ。そのために大学は、学生に高い能力を身につけさせ、グローバルな時代に活躍できる人材として社会に送り出さなければならない。

 公財政支出の増加を財政当局に迫るためにも、教育改革は大学にとって喫緊の課題なのである。

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