大学入試と高校・大学教育の大改革の行方『朝日新聞』2012年7月2日付

『朝日新聞』2012年7月2日付

大学入試と高校・大学教育の大改革の行方

 文部科学省の中央教育審議会(中教審)という政策の方向性を議論する場で、本格的に大学入試と「高校と大学の接続」の改革を検討することになった。6月19日の中教審で合意された。近く、特別に大学と高校の専門家らが集まる場を設定して議論を始める。大学入試の新たな方向性が打ち出されるかもしれない。

 「高校と大学の接続」といっても、教育政策に関心がある高校や大学関係者の一部を除けば何のことだろうと思うかもしれない。よく「高大接続」と省略される。「接続」とは、高校と大学の間にあるギャップを埋めて円滑に両者をつなぐ意味が込められている。

 昔は、高校と大学の間には入試があり、それに合格することで高校生の努力目標、学習時間や内容の修得もある程度共通に維持されてきた一方で、大学に入学する学生の水準も保つことができた。しかし、高校進学率が98%、大学進学率が5割を超えて、だれもが大学に入学できる時代に入っている。高校で生徒が学んできた教科など教育の内容は一様ではない。高校間の学力格差もある。いまや入試そのものが学力試験を課さない推薦・AO入試、個別試験、センター試験と多様化している。大学も入学者を確保するため、さまざまな方法で受け入れるために学生をどのように底上げするか悩みが深い。高校教育と入試と大学教育は密接に結びついているので、たとえば大学は「高校はいったいどんな教育をしているのか」、高校は「きちんとした入試で選んでいるのか」などと互いに批判だけで終わりがちになる。これでは何にもならない。だから、一緒に議論するということになった。  

■高校・大学の連携必要

 前置きが長くなったが、19日の中教審は大学政策を審議する大学分科会の委員に加えて、高校教育を審議する部会つまり高校側の委員も含めて話し合うという初の試みになった。文科省の力の入れ方がわかる。

 この会議に提出された論点メモ案がある。今後の審議のポイントとなる要点を事務局である文科省側が書き出した。

 それによると、現状の問題点として、「学力中間層の高校生の学習時間は大きく減少」「大学での補修学習などが増加」「大学入試センター試験は限界といわれるほど複雑化」と三つあげている。さらに、学校で育成する能力の国際的な通用性、妥当性が問われるなか、「高校と大学の接続」もこの観点から見直すことが求められているとある。そして、高校教育、入試、大学教育の役割分担と連携を見直し、高校教育の質保証、大学入試の改善、大学教育の質的転換を、それぞれ責任を持ちつつ連携しながら同時に進行することが必要と訴えている。

 この論点メモの最後には、今後の検討体制という項目があり、次のような文言が盛り込まれている。「高校の質保証のため生徒の学力状況を多面的・客観的に把握するさまざまな仕組みの構築(到達目標、達成度を測る仕組みや指標)」「高校や大学の教育構造に大きな影響を与えるので、互いに関連付けながら同時に進化していく」「具体化するための恒常的な議論の場を中教審に設けることが必要」

 審議会に出席した委員からは、「職業・社会参加も含め、高校で共通して身につけるべきコアとは何か。学校が目標を明らかにして修得状況を示す高校の質保証が重要。三者の協議の場が必要となる」「思考力を問う大学入試改革をお願いしたい」「大学でいえば(学部など)細かく分けて進学を決めさせる。高校は科目が多くなっている。両者が細分化されて接続がうまく機能していない。高校側は(いまの状態では)学習時間の動機付けが見つからない」「高校から社会に出たあとで、大学との接続という視点も重要」などの意見があった。

 要するに、高校の教育内容を大綱的に示した学習指導要領はあるものの、今回の検討は高校での目標や共通に必要な教育内容のコアとは何か、学力を把握するテストなどを測る仕組みを考えつつ、それをいかに入試や大学教育と連続させて質をあげるかという視点を打ち出したようだ。議論の展開次第では、高校教育の見直しや大学入試改革の方向性を打ち出すかもしれない。    

■高2の学習時間、減少傾向

 文科省が提出した資料のうち、学校外での平日の高2学習時間がどう年代で推移したかみてみよう(ベネッセの第4回学習基本調査)。偏差値が50~55の中間層の学習時間は112分(1990年)→83分(96年)→67分(01年)→60分(06年)と減っている。また、同じように経年で見ると(同調査)、学校外の学習を「ほとんどしない」「30分程度」の割合は26%→34%→37%→39%となり、比率が増えている。

 この数字を見ると、確かに学習時間は減っている傾向にある。しかし、生徒らが「大学全入時代」や「高校の多様化」に学習スタイルを合わせてきたともいえる。一方で、学習指導要領とそれに基づいた大学入試センター試験はいま何とか機能している質保証の支え(伝統的なツール)になっている。今回の検討が、「全入時代」や「多様化」を否定するところまで至るのか、それとも伝統的なツールとは別なものを設けるのか、伝統的なツールを改変するのか(たとえば高校の教科の再編成、センター試験の改革)など、難しい問題を含んでいる。大学入試センターの責任者も加わった議論が必要になる。

 高校教育と大学教育、入試を照準に、大学と高校側が合同で審議するのは当然だが、テーマ設定をその都度明確にしないと、これまでの政府の「○○一体改革」のように責任がぼやけて方向性が迷走する可能性もある。そのうえ、かつて当たり前のように高校→入試→大学と進んできた議論する側の古い世代の中教審委員と、いまの生徒の世代間ギャップをどう埋めるのかという問題もある。

 この高校教育と入試と大学教育の変質と立て直しの必要性はいま始まったわけではない。関係者の間からは質の保証という意味では危機感があり、最近では政府の行政仕分けでも「全入時代のセンター試験のあり方とは何か」などと指摘されてきた。学生・生徒や進学の構造が変わってきたのは明らかだった。慎重さと大胆さ、持続力が求められる。

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