記者の目:東京大の学部生秋入学移行=木村健二(社会部)『毎日新聞』2012年2月21日付

『毎日新聞』2012年2月21日付

記者の目:東京大の学部生秋入学移行=木村健二(社会部) 

 ◇各大学は主体的に検討を 

 東京大が、学部生の入学時期を春から秋へ全面的に移そうとしている。京都大など他の有力大11校や産業界にも4月からの協議を呼びかけ、5年前後で実現を目指すもので、大学側から大胆な改革案が出されたことは評価したい。だが、東大の抱える課題が、必ずしも他大学の課題と同じだとは限らない。東大案にこだわらず、各大学は春秋の併用も含め、適否を主体的に考えてほしい。 

 ◇よりグローバル、よりタフに 

 入学時期の在り方を見直してきた東大の懇談会は、1月20日に中間報告を公表した。その中で秋入学移行の利点について(1)国際標準(秋入学)に合わせ留学生の出し入れを容易にし、国際化に対応する(2)入試時期は現行通りとし、入学や卒業の前後に生じる隙間(すきま)の期間「ギャップターム」(GT)で学生に多様な経験を積ませる--を挙げた。中間報告の副題は「よりグローバルに、よりタフに」。東大の掲げた二つの旗印が明快に示されている。 

 この中でまず「グローバル」の面を見てみよう。

 東大の日本人学生の海外留学者は昨年5月現在、学部生が53人(全体の0.4%)、大学院生でも286人(同2.1%)にすぎず、毎年ほぼ横ばい傾向が続く。受け入れの方も既に秋入学を取り入れた大学院生こそ2690人(同18.6%)に上るが、学部生は276人(同1.9%)だけだ。大学の年間スケジュールや大学院入試、就職試験が留学の妨げになったと感じる学生が多く、中間報告は「留学の受け入れ・送り出しで、入学時期、学期のズレは余分な時間・コストを強いる」と指摘した。 

 中間報告は世界全体で約7割が秋入学を採用し、欧米諸国は約8割だと指摘。4月入学を基本にした日本の教育システムを「特異な状態」と問題視した。だが、秋入学を導入すれば、すぐに留学生が増えるのだろうか。少なくとも、日本に来る外国人留学生の実態からすると、即効薬というわけでもなさそうだ。 

 独立行政法人「日本学生支援機構」によると、昨年5月1日現在の外国人留学生数は13万8075人で、うち実に93.5%の12万9163人をアジアが占めた。9月入学の中国が8万7533人(全体の63.4%)と最多だが、2位は3月入学の韓国が1万7640人(同12.8%)。これを見ても、受け入れ、送り出し、ともに春入学の回路も開いておいた方がよい。 

 次は、「タフ」の面だ。 

 東大では、学生の「同質化」が進む。東大の学生生活実態調査によると、回答した学生1456人のうち、ほぼ3分の2が私立などの中高一貫教育を受けた学生だった。 

 ある東大教授が、こんな例え話をした。「『このお菓子の運命はどうなりますか?』などと突拍子もない質問をしてみると(東大生からは)驚くほど同じような平凡な答えしか返ってこない。こういう質問だったら、フリーターの人たちの方が面白い答えが出るのかもしれない。いまの東大生には豊かな発想が乏しい」。この背景には、学生の多くが、点数至上主義に基づく同様の受験教育を受けてきたことがありそうだ。 

 この東大固有の学生気質の転換に向け、中間報告では、GTを使った活動の具体例としてボランティアや国際交流など13種類のメニューを挙げた。これは、体験活動を通じて学生に「たくましく」なってもらうことに力点があるとみられる。だがこの東大固有の学生気質へのいわば「対策」は、即、他の大学にも当てはまるのだろうか。 

 ◇自校の個性重視、安易な同調禁物

 

 東大や京大に受からず入学する学生もいる早稲田大の首脳は「多くの早大生は挫折しているから、もともとタフ。東大生はあまり苦労せずに入ってきているから、タフになることが重要になる」と話す。今後の大学間や産業界との協議では、GTの活用方法が大きな論点になる。大学によって温度差が出るのは当然で、各大学は、東大に従うだけでなく、自校の個性を見極めた検討を進めるべきだ。 

 東大が開いた1月20日の記者会見で、私は単独でも秋入学を導入するのか聞いたが、浜田純一学長は「単独ではなく、必ず他の大学と一緒に」と答えた。社会への影響に配慮したのだろうが、これにはがっかりした。頭脳明晰(めいせき)で、たくましく、国際性豊か--。こんな人材が育てば、たとえ卒業時期がずれていようが、どんな企業や組織でも採用する。自信があるなら東大は単独でも導入に踏み切ればいいし、逆に他の大学が、春入学に利点があると考えるならばそれを続ければいい。繰り返すが、東大に「右へ倣え」ではなく、十分な議論を行ってほしい。

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