最大のハードル、内なる問題の克服 東大秋入学の行方(5)『朝日新聞』大学取れたて便2012年2月16日付

『朝日新聞』大学取れたて便2012年2月16日付

最大のハードル、内なる問題の克服 東大秋入学の行方(5)

 秋入学への全面移行を素案としてまとめた東京大学の浜田純一総長は2月1日、経団連の教育問題委員会と意見交換した。経団連側は全面支援の意向を伝え、入試の合格後から入学までの間にできる空白期間「ギャップターム」の活用方法などについて作業部会などで検討する構えだ。浜田氏は2月13日の国立大学協会の理事会でも、東大の総長として秋入学の素案を説明したという。

 素案に対して、旧帝大などの他大学も温度差はあるものの検討する動きをみせ、政府側も歓迎している。経済団体も流れに沿う方向で急ピッチで動いているようだ。

 ただ経団連という組織が支援表明をしても、各会社の人事・採用の実務とは直結はしない。ギャップタームの活用方法と同時に、なかなか変わらない新卒一括採用という慣行がどうなっていくのかも、秋入学の大きな課題になる。卒業の出口の部分が見通せないと、秋入学に対する学生の不安は解消されないかもしれない。

■授業国際化への険しき道

 東大の学外への説明は順調に進んでいるように見えるが、学内の手続きは始まったばかりだ。むしろ学内の態勢をどう整えるかが焦点で、最大の難関でもある。これが中途半端に終わると、枠組みだけができても国際化という内実が伴わない。

 一連のコラムで、浜田総長の国際化への意欲が当初、学生の海外への送り出しに向いていたことを書いた。海外への送り出しを増やすには、回り回って、その大学の教育の国際化が充実しているかというところに至る。学生の送り出しを大量に増やすには、それに見合った海外の大学と協定を結ぶ必要が出てくる。それが難作業になる。

 協定を結ぶには、海外からの受け入れも増やさなければならず、それには共通言語としての英語による授業科目とそれを担当できる教員も必要になる。一口に英語による授業といっても、授業の準備や教材の開発を考えただけでも相当の労力がかかる。プログラムやコース、単位や学位取得のあり方にまでつながる問題だ。しかも、授業そのものを国際標準にするなら、たとえば学期が3カ月で完結するクォーター制などのように授業の形態を改めなければならない。さらに送り出し、受け入れともに奨学金を充実させることが必要になる。特に受け入れの場合は宿舎の整備も必要だ。

 時間と労力と財政の負担増をどう解決するか。秋入学は教育を変えていく一つの手段という位置づけなので、同時に改革を進めなければ空回りしかねない。

■大改革成るか、花火で終わるか

 難しい問題がある。東大は本郷キャンパスを中心に各学部の独立性が歴史的に強い。授業も1年ごとの積み上げ方式が中心で、先に述べたように各学部の授業時間もようやく合わせたほどだ。留学の受け入れも含めて、学生が他学部の授業を受けにくい構造になっている。

 まず入学者を受け入れるのは駒場キャンパスの教養学部で、こちらの2年間はリベラルアーツの色彩で整えられている。もっとも2年生の夏には実質的に各学部への進学が振り分けられるので、その先の対応の時間は限られる。国際化するには、時間的にも人的にも窮屈な状態といえそうだ。東大の関係者は「教育の国際化を少しずつやっていくのも一つの方法だが、秋入学をテコに一気にこまごましたことも変えて加速させるのもいい」と話す。

 そのためにも必要不可欠なのは、外部への働きかけとともに、本気で学内の教員や職員を動かすことができるか、そして実質的に国際化に向けて教育を変えていけるかという点だ。場合によっては、教育と研究の役割分担も必要になるかもしれない。

 大規模私立大学は比較的、国際化の核になる学部や系列大学があることが多い。学部の再編や統合も活発に進められている。東大でもたとえば教養学部を教養国際学部に衣替えして国際化の核にするという手も考えられるが、東大の伝統が自由自在な変化への妨げとなっている面もある。浜田総長の残り任期はあと3年余だ。

 東大が投じた一石はどう波紋を広げるか。大げさにいえば社会のあり方にも関心を広げることができるだけに目が離せない。しかし中途半端に終われば「きれいな花火」で終わってしまうかもしれない。

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