山梨大学長 前田秀一郎さん『朝日新聞』山梨版2012年2月8日付

『朝日新聞』山梨版2012年2月8日付

山梨大学長 前田秀一郎さん

■東大が「秋入学」検討 山梨大は

――東大が「秋入学」への全面的な移行案を打ち出しました。

 大学の国際化の必要性はここ10年議論されてきました。秋入学はその大きな流れの中にあり、ひとつのシステム改変ととらえるべきで、それだけを切り離してもあまり意味がありません。ただし東大が秋入学を打ち出したのは、一定程度でとまっていた大学の国際化を改めてラジカルに問題提起する意図があったと思います。山梨大もこれを機に検討を始めたところです。

――今月2日に学内で第1回検討会を開きました。

 まずは各学部の現状把握です。今年度中に第2回の検討会を開いて、各学部ごとにメリット、デメリット、課題を洗い出してもらう予定です。

――秋入学の最大のメリットは留学生の受け入れ促進です。山梨大の現状は。

 山梨大への留学生は学部・大学院あわせ今年度約200人。全体の約4%。少ないですね。半数は大学院に在籍しており、大学院はすでに秋入学を一部導入しています。学部では、国家試験がある医学部はゼロですが、工学部と教育人間科学部に留学生がいます。大部分は中国やマレーシアなどから工学部に日本の技術を学びにきています。その2カ国は本国が秋入学です。

――秋入学導入の検討材料になりますね。

 海外と学年進行をそろえるのは一定の意味はあるでしょう。とはいえ、秋入学の導入ですぐに優秀な留学生がきてくれるというわけではありません。山梨大は4年間英語だけで講義を完結するプログラムはまだない。海外からの教員の確保、成績評価の基準整備など、秋入学以外にも取り組むべき課題があります。

――国内の学生だと合格から入学までの半年間、いわゆる「ギャップターム」はデメリットになりかねません。

 山梨大にも全国から学生が集まります。半年間の経済支援だけでなく、ギャップタームを学生にどう過ごさせるのかという問題もあります。「自主性に任せる」という意見もありますが、まだ受験を終えたばかりの学生です。たとえば、他の都道府県の大学と共同で半年間の教育プログラムをつくるという方法もあり得ます。

――東大を先頭に旧帝大や都内有名私立大が全面移行に賛同しています。地方大学の立場は。

 地方大学だからといって、国際的に活躍する資質、能力をもった人材の育成が使命であることは変わりません。ただし何度も言うように、秋入学は大学を国内外に開くための仕組みのひとつに過ぎません。社会人や留学生だけの限定や、春入学を併存するかたちも考えられます。

《略歴》

 まえだ・しゅういちろう 1948年、福岡市生まれ。九州大大学院医学研究科修了。医学博士。九州大、熊本大を経て、93年に山梨医科大医学部の教授に。統合後の2002年から山梨大医学部教授。09年、学長に就任。

《キーワード》

 東大の秋入学導入案 東京大学が「国際化に対応するため」として、海外で主流の秋入学への全面移行案を1月中旬に発表した。入試時期は従来通りで、合格から入学まで生まれる半年間の「ギャップターム」には研究やボランティア、国際交流などを例示している。東大は早ければ5年後に導入したい意向だ。

 京大、東北大、九州大など旧帝大や早稲田、慶応など都内の私立大学が賛同する姿勢を示しており、経団連など産業界も歓迎ムードだ。ただ、就職・採用の時期やギャップタームにかかる保護者への経済的な負担など課題も多い。

《取材を終えて》

 「太い欅(けやき)の幹で日暮らしが鳴いている。三四郎は池のそばへ来てしゃがんだ」

 1908年、朝日新聞に連載された夏目漱石の「三四郎」で描かれた、東京帝国大学に入学するため九州から上京した主人公・小川三四郎が、授業開始前に大学構内を散策する場面だ。明治時代の入学シーズンは、ヒグラシの鳴く残暑のころであったことがうかがえる。

 そもそも明治政府が学校制度を整備して以来、日本の大学はずっと秋入学だった。それが1921年、会計年度に合わせる形で春入学になった。

 今回、東大が打ち上げ、大きな話題を集めている秋入学の導入論だが、社会的に影響を及ぼす制度改正の割には、「大学はこれからどうあるべきなのか」という肝心な議論がまだあまり聞こえてこない。「欧米のスタンダードにあわせなければ国際基準から遅れてしまう」という焦りが、制度設計を誤らせないことを願いたい。(板垣麻衣子)

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