特集ワイド:東大よ!秋入学考えてる場合か『毎日新聞』2012年2月8日付

『毎日新聞』2012年2月8日付

特集ワイド:東大よ!秋入学考えてる場合か 

 東京大(浜田純一学長)が本格的に「秋入学」の検討をリードし始めた。だが、東日本大震災からの復興や、人口減社会への対応が急務となる今、「秋入学」が本当に最高学府・東大がやるべきことなのか。他にやるべきことはないのか。識者3人と考えた。【中澤雄大、江畑佳明】

 ◇教育水準の底上げが先--滋賀大学長・佐和隆光さん

 東大の主張は、「秋入学」が国際化、競争力強化の十分条件のように聞こえるが、それだけで中国や韓国などから優秀な学生が来てくれるかは疑問です。私の知る限り、彼らは将来良いポジションに就くために米国の大学の博士号取得を目指すのがスタンダード。それが無理ならばオーストラリアなど英語圏へ行く。韓国では日本の博士号を取っただけでは一人前とは見なされていないのが現状です。

 なぜ海外の優秀層が来ないのか。理由は明確です。日本の大学院は文系、理系いずれも、米国などと比べて高レベルの専門教育を体系的に施すカリキュラムが構築されていない。特に理系では顕著です。担当教授が関心のある研究テーマを選ばざるを得なかったり、論文を執筆しても指導教授名を必ず入れねばならないなど、昔ながらの“相撲部屋”に入るようなものです。

 「英語による授業だけで学位取得を可能にする」とのことですが、授業のうまさに定評がある日本人教員が、英語で同内容の授業をするのは大変。日本人学生には、英語になったばかりに内容的に物足りなくなる可能性もある。

 一方、日本人留学生が「減った」理由についても、「内向き志向」や「学年暦が違う」からではなく、単に実力不足が原因なのです。語学試験などが振るわず、中国人らとの競争に負けて入学できないだけ。過去10年の国際的な論文掲載数は中国、韓国の伸びは著しいが、日本は衰退傾向にある。まずは、受験勉強では身につかない論理的思考力など、教育水準の底上げが最優先課題でしょう。

 東大など一部の大学だけで秋入学とするのは不適切です。やるなら、全大学と小中高を変更すべきです。国家資格試験もそれに合わせて時期をずらせばいい。個人的には、韓国のように「3月入学」が最適だと思う。会計年度変更や「早生まれ」などの摩擦も最小限に済むし、後期が9月始まりとなるので、海外留学や日本への帰国編入にも切れ目なく対応できると考えます。

 ◇問題山積、一起爆剤に--法政大教授・尾木直樹さん

 「秋入学」に対し、「ギャップターム」など幾つも懸念が指摘されているけれど、そんなことを言っている余裕はないのよ。東大をはじめとする国内の大学は国際社会で沈没している。今回の決断はこうした現状から、どう浮上させるのかという起死回生策なのね。

 英ロンドン・タイムズの「世界大学ランキング」最新版で、東大は30位。日本の受験勉強が昔ながらの知識詰め込み暗記型なのに、既に中国や韓国、インドは近年の教育改革で、自ら課題を発掘し解決する能力を伸ばす方向に転換している。相対的に日本の高校生のレベルが落ちる中、大学側にはグローバル化して優秀層を集めなければ、これまでの研究レベルを維持できないという危機感があるのね。

 かつて大学の「レジャーランド化」が指摘されたけど、今はむしろ学生はまじめで、閉鎖的な環境に引きこもりがちです。留学の機会があっても「不況時に留学したら就職に不利だ」と恐れて行かない。東大でさえ、海外留学する学生は、全学部生の0・4%に過ぎない。

 ところが実は、内向きは企業のニーズと合わない。それは既に新卒大学生の就職率低迷に顕著で、就職できない東大生も少なくないわ。国内大手企業で言えば、パナソニックの内定者の約8割は外国人。母国語はもちろん日本語と英語が堪能で、プレゼンテーション能力や協調性なども高いとなれば、結果は明らか。日本人学生は、「3K」職場に追いやられていく時代です。

 東大は外国人教員数も少ないし、海外の大学との単位互換や研究交流も遅れているなど問題が山積している。旧態依然の教育方針も改める必要があるわ。秋入学で、すべてを解決できるとは思わないけれども、一つの起爆剤になるのでは。同時にそれは、小中高の学力が全国学力試験で測れるものなのかといった、そもそも論に行き着くはず。今は各大学で温度差はあるけど、議論は動き始めた。極めて正常な感覚だと思う。

 ◇研究者の質上げよ--NPO法人環境エネルギー政策研究所所長、飯田哲也さん

 「秋入学」は、国際的な標準に合わせる意味では必要だと思います。ただ、より根本的な問題として、大学の研究と教育のクオリティー(質)を上げることが一番大事です。残念ながら日本の研究者は世界的なレベルではあまりに低い。日本の最高学府である東大でさえ、少なくとも私の専門である環境エネルギー政策分野で、世界で通用する学者はほとんどいないのが実情です。

 また、国や政治の影響を受けやすい。国の審議会メンバーに選ばれるだけで満足する研究者もいます。福島第1原発事故以来、「原子力ムラ」の閉鎖性がよく指摘されましたが、例えば「万一事故が起きたらどうするのか」という一般常識に背を向け、専門的な研究にタコツボ的に打ち込んでしまう傾向も見られます。

 でも東大だけが悪いのではありません。この「東大的なもの」は日本の大学でどこにでも見られます。だから大学教員の選考過程をより厳格にして、さらに海外の優秀な研究者にもっと門戸を開く。また、教授になっても、その地位に安住しないように競争原理も導入すべきです。

 一方、学生の側で言えば、入試制度を根本的に変えることも必要です。現在は「知識詰め込み型」ですが、こんな試験で育った人間が、世界の舞台で通用しないのは明白です。だからこれをもうやめて、米国やフランスで実施されているような一定水準の学力が認められれば入学できる「最低水準型」にすべきです。今後日本で少子化が進めば、1人で2人分、3人分の価値のある仕事ができる人材が増えなければ、現在の国力は維持できない。クリエーティブな人材をいかに育てるかが喫緊の課題です。

 そうなると日本の初等教育から再編成することも考えねばならない。東大には、ここまで提言してほしいですね。

 秋入学で生じる「ギャップターム」が問題点として指摘されていますが、学生が課題を見つけて取り組めるようにすればいいだけで、大きな問題ではないと考えます。

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 ■人物略歴
 ◇さわ・たかみつ
 東大大学院経済学修士課程修了。東大経済学部助手、京大経済研究所所長などを経て10年から現職。69歳。
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 ■人物略歴
 ◇おぎ・なおき
 早大教育学部卒。早大客員教授。東京都公立中学教諭などを経て臨床教育研究所「虹」主宰。愛称は「尾木ママ」。65歳。
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 ■人物略歴
 ◇いいだ・てつなり
 京大大学院工学研究科修了。民間企業を経て、東大先端科学技術研究センター博士課程単位取得。53歳。

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