【緑の丘で 小樽商大100周年】『朝日新聞』北海道版2011年11月8日-10日付

『朝日新聞』北海道版2011年11月8日-10日付

【緑の丘で 小樽商大100周年】

(上)初代校長の魂
■「実学 語学 品格」今も

 1911(明治44)年2月。小樽に新設される官立の小樽高等商業学校(現・小樽商大)の校長は、東京からやってきた。

 初代校長は、東京専門学校(現・早大)で英語を学び、東大で哲学を修めた倫理学者の渡辺龍聖。東京音楽学校(現・東京芸大)の校長時代には、作曲家の滝廉太郎を支えた。中国・清朝の袁世凱の教育顧問も務めた。

 校長就任にあたり、渡辺には目標があった。

 「清朝の顧問だった時、日本人商人のあくどい商売で日本産品の評判まで悪くなる実態を見た。それで信用を重んじる商業人を育てるという仕事を引き受けたのです」。「小樽商科大学百年史」を執筆した同大の荻野富士夫教授(58)は、そう説明する。

■実業家も誘致に力

 小樽高商は、民活で生まれた学校だ。函館との激しい誘致合戦の中、行政だけでなく地元の実業家も誘致運動を支え、土地も提供した。

 11年5月の入学式に臨んだ第1期生は72人。後の1949年、旧官立高商で唯一、国立単科大学としての昇格を果たすまでの第一歩をしるした。

 渡辺は「実学、語学、品格」を教育理念に掲げた。学校で「高商せっけん」を作り、銀行のカウンターを配した「商業実践室」と呼ばれる教室もつくった。

 また英語、ロシア語、ドイツ語を教える外国人講師をそろえた。やがて「北の外国語学校」と呼ばれるようになり、敵性言語として英語追放の動きもあった先の大戦中でも、商業英語教育は続行された。

 そのころの教育理念は、100年後の今でも商大に息づく。授業で小樽の町に出て調査をし、地域づくりの提言をするフィールドワークが活発なほか、語学面でも昼間コースの1年生全員に英語の「TOEIC」受験が義務づけられている。

 同大の「言語センター」では英語やロシア語、ドイツ語に加え、フランス語、スペイン語、中国語、朝鮮語の計7つの外国語が学べる環境が整っている。

■初の女性応援団長

 大正時代に入ると、キャンパスには文芸・思想という個性も加わった。名古屋高商(現・名古屋大)の初代校長に転出した渡辺の後を受け、2代目校長に法学者の伴房次郎が就任したことが契機となった。

 「伴校長自身、学問の自由を重んじたこともあって、道内の文科系の最高学府として高商にも自由な文芸や思想の風が吹き込んだ」と荻野教授。のちに作家となる小林多喜二や伊藤整が入学、キャンパスでは外国語劇がさかんになり、2人はフランス語劇を演じる舞台で共演した。

 そうした伝統がいまも息づく小樽商大のキャンパスでは、少しずつ変化も起きている。

 男女共学が始まったのは47年。最初は3人しかいなかった女子学生は、いまでは全学生数(2445人、院生を含む)の約3分の1を占めるほどに。そして創立100年を迎えた今年、バンカラで知られる応援団の第97代目応援団長に、2年生の牧香緒里さん(19)が女性として初めて就任した。

 バンカラに「しびれて」入団したという。「女性が応援団長になれるようになったのは時代の変化。応援団も商大も、時代に合わせて少しずつ変わっていくのが当然だし、変わらなければ生き残れない」。牧さんはそう訴える。

     ◇

 小樽の街や海を見下ろす「緑ケ丘」と呼ばれる高台のキャンパスにある小樽商大が今年、創立100周年を迎えた。「伝統」を受け継ぎつつ、「新しい挑戦」を続ける北の小さな大学の姿を報告する。

(この連載は三木一哉が担当します)

(中)同窓会の実力
■強い絆 抜群の就職率

 小高い丘の上に立ち、「緑ケ丘」と呼ばれる小樽商大のキャンパス。その名にちなんだ同窓会組織「緑丘会」の本部兼会館は、東京・池袋の高層ビル・サンシャイン60の57階にある。

 1980年、緑丘会館がここに開設され、緑丘会東京支部が入居した。ビルのオーナー、三菱地所の当時の社長が緑丘会理事長の故中田乙一氏だったことが縁だ。2002年には小樽にあった本部も移った。眼下に東京が一望できる「特等席」は学生たちにも開放されており、企業の採用試験シーズンには商大生でごった返す。

 「小さい学校なので、会社の中で学閥は作れないが、どこの会社へ行っても活躍している先輩がいる」。現在の緑丘会理事長で、元サッポロホールディングス専務の斉藤慎二さん(68)がこう話すように、商大の「就職力」には定評がある。それを強力に後押ししているのが緑丘会だ。

■出世も給料も上位

 毎年秋から冬にかけて、学内で開催される企業セミナーはすべて緑丘会が主催。道内企業だけでなく、東京や大阪に本社がある金融、商社など名の知れた企業も多い。参加料を取っているが、昨年度は約250企業が参加、そのほとんどで商大卒業生が働いている。

 経済雑誌の大学特集でも、商大の「就職力」が見て取れる。週刊ダイヤモンド(06年9月23日号)の「出世できる大学」特集では、東大、一橋大、慶大、京大に次ぐ堂々の第5位。週刊東洋経済(09年10月24日号)の「大学別生涯給料ランキング」をみても、国立大の中では一橋大、東大に次いで3番目につけた。

 就職難が叫ばれる中、昨年度の商大の就職希望者の就職率は約96%に上った。「学校の面倒見のよさと、就職率の高さは道内では抜きんでている。道内受験生の強い地元国立志向とあいまって、札幌の優秀な受験生が商大を選ぶ傾向は以前から変わらない」と河合塾の堀将一・前札幌校舎長(51)は解説する。

■「全国区」に再挑戦

 順風満帆に見える商大だが、課題も抱えている。かつてのように全国各地から受験生が集まりにくくなっているのだ。山本真樹夫学長(62)は「国立二期校だった70年代には、道外からも2、3割の学生が入学していたが、今は95%が道内の高校卒業者。うち札幌周辺の自宅通学生が6~7割を占めている」と話す。

 このため、2008年から入試の東京会場を復活させたほか、今年4月には27年ぶりに学生寮を再建した。かつては「学生運動の巣窟」として大学当局と対立、結果的に「取りつぶし」となっていた。学生寮復活には、安い費用で生活できる場をつくることで、全国各地から学生を集めたいという狙いがある。

 「たとえばキャンパスを歩いていて、関西弁も九州弁も聞こえた方が面白い。北海道という土地や風土の見え方も多様になる。異質なものが交じり合い、もっと切磋琢磨(せっさたくま)する大学にしなくては」と山本学長。地域に親しまれながら、全国区の学校としての存在感を示せるか。商大の挑戦は続く。

(下)社会人も学ぶ
■人材育て 地域に貢献

 10月27日、木曜の夜。JR札幌駅前のビル3階にある小樽商大札幌サテライトの教室では、スーツ姿の大学院生が緊張した表情で「国際経営」の講義の英書講読発表に臨んでいた。

 北海道ワイン(本社・小樽市)に勤務する阿部真久さん(37)。商大大学院商学研究科アントレプレナーシップ専攻(通称・小樽商大ビジネススクール=OBS)の社会人大学院生だ。小樽では土曜日の日中に講義があり、経営学修士号(MBA)が取得できる。

 この日の講義はワイン業界のケーススタディーがテーマ。欧州の先行企業と南米やオーストラリアなどの新興国企業との競争を解説・分析した。

 「ワイン消費の新興国・中国や日本ではどうなっているんだろう」「欧州ではオーストリアワインが安かった。欧州にも新興勢力があるのではないか」

 担当の李済民(イ・ジェ・ミン)教授(54)や他の院生から、次々に質問や問題提起があった。講義を聴講したのはほとんどが社会人で、小売業や航空会社をはじめ異なる業界から集まった。

■札幌一等地に開設

 商大が札幌にサテライトキャンパスを構えたのは1997年。社会人を対象にした商学教育にニーズがあると考えた。2004年にOBSを開設。翌年に札幌駅前の一等地に移転した。

 北海道大にはMBAが取得できる大学院はない。専攻長も務めた李教授は「経済学部を持つ北大のある札幌にサテライトを作ることができたのは、私たちが課題解決型の実学に強い大学だと文科省も認めたのだと自負している」という。

 サテライトキャンパスではその北大との提携の動きも進む。北大大学院の保健科学研究院と農学院の修士課程は09年度から、商大のMBAを取得できる3年制のダブル・ディグリー(共同学位)を導入した。

■地元定着してこそ

 OBSで学んだ保健科学研究院の小笠原克彦教授(45)=医療情報学=は提携を推進した一人。「いろいろな産業の背景がある人が集まり、ITを使った遠隔地医療や地方病院の経営をどうするかといった問題意識も生まれた。この体験を自分だけのものにするのが惜しかった」

 しかし課題もある。山本真樹夫・商大学長は「地元企業から来た院生は、引き続き元の会社や組織で活躍しているが、学部から進学した院生の就職先が地元に少なく、道外に流れてしまう」と打ち明ける。「地元の企業や機関にもっとOBSを知ってほしい。育てた人材が地元で活用され、定着してこそ、OBSにとっての地域貢献になる」

 李教授も、地域密着の重要性を強調する。グローバルな視点を持ちながらローカルに徹することが、グローバル化を生き残る知恵につながると考えるからだ。「北海道を掘り下げ、活性化させる独自の方法論を出すことができるならば、次は地域ごと、国ごとの独特な消費や経済活動の特性も分析できるはずだ」

 学生を魅了する大学づくりと、地域貢献。100歳になった北の小さな大学では模索が続く。

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