たとえ「9月入学」導入しても… 大学国際化を阻む壁『日本経済新聞』2011年7月19日付

『日本経済新聞』2011年7月19日付

たとえ「9月入学」導入しても… 大学国際化を阻む壁

 「東京大学が9月入学への移行の検討を開始」 長い間、9月入学は大学のグローバル化・競争力向上の「切り札」といわれ、その実現に大きな期待が寄せられている。しかし、9月入学の実現は本当に大学の国際化を加速させ、学生にもメリットのあるものとなるのだろうか。そこには大きな壁があった。

■英語で講義ができない教員たち

 「えーと、この単語は何と言うんでしたっけ……」。40代後半の教員が英語で講義する授業。電子辞書を引き、授業が中断する回数は90分の授業で5回以上にもなる。それでも単語がわからないときは、前列に座る留学生に質問をする。「ジェイムズ、この単語は何と言えばいいのかな?」

 早稲田大学国際教養学部3年のAさん(女性)が昨年履修した授業の一場面だ。Aさんは3歳からアメリカで育ち大学への進学を機に日本へ戻った帰国子女。9月入学の制度を利用し、ほぼ全ての授業が英語で行われる早大国際教養学部へ進学した。Aさんは「正直あきれた。英語で講義ができない日本人の先生がいることは不満。留学生や帰国子女の友達と情報交換をして、英語ができる先生の授業をとるようにしている」とうちあける。

 同学部4年で海外から9月入学を利用して入学した帰国子女のBさん(男性)も「日本語と英語を交ぜながら講義する先生がいる。帰国子女の僕ならなんとか内容を理解できるけれど、留学生はわからないのではないか」と話す。

 2004年に設立された国際教養学部。学生の約3分の1が留学生や帰国子女などの海外出身者で、ほぼすべての授業が英語で行われている。日本でも国際化が進んでいる学部だが、英語で満足に講義ができる教員の数は足りないようだ。同学部の常勤教員の約4分の3は海外で学位を取得している一方で、非常勤教員を中心に英語の能力が不十分なケースがみられるという。

■まず「教員の国際化」を

 大阪大学が2006年にまとめた「大学国際化の評価指標策定に関する実証的研究」最終報告レポートによると、2005年11月現在の経済学部・学科における教員の海外博士号取得割合は東京大学と一橋大学ではほぼ5割を占めるが、北海道大学で約2割、東北・名古屋・大阪・京都大学ではそれぞれ約1割、九州大学は5%にも満たない。

 明確に海外在住経験のある教員の割合も、一橋大学では約9割、東大で約6割と半数を超えるが、阪大・京大では約4割、東北大約2割、九大は1割程度だ。研究レベルが高いといわれる国立大学でも、教員の国際化は遅れているのが実情だ。

 たとえ9月入学の導入により留学生が日本の大学に来るようになったとしても、英語で満足に講義のできる教員の数が足りなければ授業は成立しない。

■9月入学生が経験する「ギャップイヤー」

 「社会人になる前に長期の旅行をしたい。入社後に必要な資格の勉強もするつもりだ」。上智大学国際教養学部4年のCさん(女性)は4年前の6月、国内のインターナショナルスクールを卒業、9月入学の制度を使い上智大学へ進学した。今は国内の旅行会社から内定をもらい、今年9月に卒業予定だ。しかし、入社は来年の4月。卒業後には半年間の「ギャップイヤー」が生まれる。

 ギャップイヤーとは、高校卒業から大学入学までと、大学卒業から就職までの空白期間のこと。英国などではアルバイトやボランティアなどを通じて社会経験を積む慣習がある。上智大学企画広報グループの飯塚淳氏は「9月入学を利用した学生の大半は卒業後に半年間のギャップイヤーを経験する」と説明する。

 現在、多くの企業や官庁は4月に新卒の学生を受け入れている。9月に入学した学生のほとんどは卒業も9月になるため、4月に入社や入庁をするまで半年間のギャップイヤーが生まれる。Bさんも国内大手銀行への就職が決まり、今年9月に卒業するが、入社は来年の4月となる。旅行や勉強をしたいと活用には前向きだが、「現役で入学したのに半分浪人のような扱いになる。同い年の人と同期という感覚がないのが残念」ともらす。

■東大案では1年のギャップイヤー

 東京大学が9月入学を導入すると、ギャップイヤーが1年間となる可能性がある。東大の9月入学案では、従来の入試の日程は維持したまま、高校を卒業した4月から9月までをギャップイヤーとして合格者に留学やボランティア活動などの経験を積ませるという。つまり、4月入社を前提とするなら、入学前の6カ月と卒業後の6カ月、合計1年間のギャップイヤーが生まれる。

 東京大学はギャップイヤーへの対応に関して、「9月入学の是非についても検討中であり、具体的なことはまだ決まっていない」(広報)と話す。若者にとって1年間という長い時間をどのように過ごさせるか。今後の議論が必要になる。

■企業にも改革必要

 経団連では2011年6月14日に発表した「グローバル人材の育成に向けた提言」で、学生が国内外で本格的にボランティア活動等に従事できるよう、ギャップイヤーを導入することも検討に値すると提言。その際、企業側に「学生の多彩な経験を採用活動において積極的に評価する姿勢が求められる」と指摘している。

 ただ、「新卒至上主義」が根強い就職活動にあって、半年から1年のギャップイヤーが不利になると考える学生も多い。9月入学は海外の学生誘致には効果があるものの、国内の高校の卒業生の負担は増える可能性がある。日本ギャップイヤー推進機構協会の砂田薫代表は「ギャップイヤーを経験した学生は、入学後の目的意識が高まり中退率も低くなるというメリットがある。産官学に民を加えたオールジャパンで雇用慣行や教育環境を変える必要がある」と話す。

(大西康平)

Proudly powered by WordPress   Premium Style Theme by www.gopiplus.com