『日刊工業新聞』2011年2月17日付
化学各社、人材育成に力-博士課程学生へ奨学金給付
研究活性化で産業底上げ
三菱ケミカルホールディングスや旭化成などの化学メーカー各社は2011年度から日本化学工業会を通じ、化学産業に役立つカリキュラムで学ぶ博士課程学生への奨学金給付を始める。優秀な学生の博士課程への進学と、企業の博士課程の採用を促す。ノーベル化学賞を受賞したクロスカップリング反応のように、化学業界では大学の研究成果が産業界の競争力に直結する。優秀な人材の育成・登用で、化学業界の“底力”をつけたい考えだ。(梶原洵子)
日本化学工業会が10年12月に立ち上げた「化学人材育成プログラム協議会」の参加企業から年250万円の寄付金を募る。これを使い、月額20万円を学生に給付する。1社の参加で1人の学生に給付できる計算になる。協議会で研究内容のほか大学院のカリキュラムを審査して、給付対象者を決める。
返済の必要がない給付で学生の経済的な負担を軽減できる。これに加え、企業側は奨学金の審査の過程で大学のカリキュラムを深く知り、採用活動に役立てられる。近く1回目の奨学生を決定する予定。
同協議会は業界大手約30社が発起人となりスタートし、取り組みを続けながら引き続き企業の参加を募る。こうした内容での産学連携は、他業界に例を見ない。同取り組みは10年4月に経済産業省がまとめた「化学ビジョン」がもとになっており、経産省も「博士課程進学と就職のいい循環をつくりたい」(福田敦史化学課機能性化学品室長)という狙いがある。
企業の採用活動では博士枠は存在せず、修士学生と同じ基準で人物本位で選考することがほとんど。企業からは「博士課程学生の鍛え方は、産業界が望む形になっていない」という声もある。就職活動でのメリットもなく、博士課程3年間の学費もかかるため、「修士を修了してから就職した方が得」(同)と言われている。大学教授などからは「博士課程に進学してほしい優秀な学生ほど進学してくれない」との声が聞かれ、悪循環になっていた。
今回の取り組みでは、まず、大学側に産業界が求める人物像を発信し、学生には産業界が博士課程人材を求めていることをアピールできる。次に、奨学金の対象を審査する課程で企業が大学のカリキュラムを深く知る。さらに奨学金対象者以外にも、博士課程学生専門の就職説明会などの就職支援や、企業向けの研究発表会、インターンシップ(就業体験)など活動を広げる予定。「奨学金は最初の仕掛けにすぎない」と福田室長は言う。10年、20年先を見据えた化学産業底上げの取り組みが始まっている。