記者の目:難題先送りの11年度政府予算案=坂井隆之(東京経済部)『毎日新聞』2011年1月6日付

『毎日新聞』2011年1月6日付

記者の目:難題先送りの11年度政府予算案=坂井隆之(東京経済部)

 ◇抜本改革でこそ「決断」示せ

 昨年12月24日に閣議決定された11年度政府予算案の編成過程で目立ったのは、菅直人首相が「政治決断」をアピールする場面だった。科学技術振興費を土壇場で増額させるなど確かにこだわりは感じたが、国民の負担増につながる難しい課題は避け、もっぱら世論受けする場面ばかり選んで決断を演出したというのが率直な印象だ。首相は4日の年頭会見で、消費税を含む税制の抜本改革に取り組む方針を表明したが、与野党や世論の抵抗を押し切って本当に「決断」を示せるのかが問われている。

 「理屈はわからないけど、とにかく(科振費を)増やせと言った。財務省は何とかしろと言えばなんとかするところだ」。12月27日にノーベル賞受賞者を官邸に招いて上機嫌で語った首相の言葉が、今回の予算編成を象徴する。

 ◇世論受け狙いの継ぎはぎは限界

 典型例が、法人税実効税率の5%引き下げだ。これで税収が1・5兆円減るが、産業界の要求を受け入れて十分な財源確保もないまま、実行を決めた。この結果、国債発行額は財務省が目指していた44兆円未満から44・3兆円に膨らんだ。科振費についても、最終盤で首相が増額を指示した結果、急激な景気悪化に備えて計上するはずだった予備費を400億円削った。

 基礎年金の2分の1国庫負担を継続するための財源2・5兆円も、独立行政法人の剰余金など一時的財源をかき集めて繕った。今回の予算案は埋蔵金による継ぎはぎと、次年度以降へのツケ回しでどうにか形にしたのが実態だ。

 一方で、世論受けしない決定には明らかに腰が引けていた。象徴的だったのが、来年度予定される公的年金支給額の引き下げの一件だ。物価に連動して支給額を増減させるのは法律で定められたルールだが、首相は12月14日、細川律夫厚生労働相に再検討を指示した。今春の統一地方選への影響を首相周辺が心配したからだが、下げ幅は国民年金で月200円程度。さすがに閣内でも疑問視する声が強く、1週間後に法律通り引き下げると決まった。「ここまで世評を気にするのか」とあきれる思いだった。

 厚労省が予算編成に並行して検討していた70~74歳の医療費窓口負担の引き上げや、高所得者層の介護利用料の引き上げに至っては、いずれも民主党内などの反対で見送られた。改革に手を付けない限り、社会保障費は高齢化の進展で毎年1兆円前後増えていく。放っておけばそのツケは次世代の負担として積み重なる。だが、「強い社会保障」を掲げる首相が、これらの問題で明確な意思を示す場面は最後まで見られなかった。

 首相は、「消費税増税さえ実現すれば、社会保障強化も財政健全化もいっぺんに達成できる」と考えているのかもしれない。だが、腰の引けた姿勢で消費税増税のような抜本改革に本当に踏み込めるのかは疑問だ。

 ◇ビジョン示して増税論議起こせ

 首相は昨夏の参院選前に、消費税増税をぶち上げたが、参院選での惨敗後は急激にトーンダウンした。12月、政府・与党の社会保障改革検討本部(本部長・菅首相)は、11年半ばまでに税制の抜本改革案を作成する方針を決めたが、増税幅や時期は明記されなかった。ひょっとして年明け4日の年頭会見で首相が具体案を示すのかと期待したが、野党に協力を呼びかけただけで、新たな方針は何ら示さなかった。

 消費税増税を含む税制の抜本改革は世論を二分するテーマだからこそ、首相は国民に明確なビジョンを示し、もっと議論と理解を呼びかけるべきだ。毎日新聞の世論調査で、消費税増税の賛否は、昨年8月が51対44、12月は46対50と、最近は拮抗(きっこう)している。科学技術振興や子育て支援強化など積極的な施策を打つには財源が必要だが、現在は必要な社会保障サービスを維持することすら危うくなっている。継ぎはぎと先送りばかりでは、日本は縮小均衡するしかないという事実に国民も気付いているのだと思う。

 税制の抜本改革に着手するなら、財源不足で中途半端になっている子ども手当や高速道路無料化など「バラマキ」批判の強い民主党マニフェスト(政権公約)の見直しも必要になる。党内の抵抗が予想されるが、それを押し切らなければならないだろう。支持率も低迷し、国会のねじれ状況の下では、抜本改革に野党の協力を得るのも容易ではない。だが、改革を決断できるのは、最高権力者である首相をおいて他にはいない。今年こそ捨て身の覚悟で「有言実行」してほしい。

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