国際学習到達度調査(PISA)に揺れる各国 シンポで報告『朝日新聞』きょういく特報部2010年12月20日付

『朝日新聞』きょういく特報部2010年12月20日付

国際学習到達度調査(PISA)に揺れる各国 シンポで報告
 

 4度目となる国際学習到達度調査(PISA(ピザ))の結果が発表されたのを受け、教育研究者らによる公開シンポジウム「日本の教育はPISAとどう向き合うか」が10日、東京都内で開かれた。トップレベルを維持しているフィンランド、伸長の著しい韓国、順位低迷に悩んできたドイツなどの現地事情が報告され、国際比較調査の功罪が浮かび上がった。

 2000年から3年ごとに実施(発表は翌年)されているPISAは、日本では「脱ゆとり」の推進力として働いた。シンポジウムの報告からは、他国でもPISAに教育政策が左右されてきた様子が浮かんだ。

 成績が経済協力開発機構(OECD)加盟国の平均程度で低迷しているドイツ。英オックスフォード大の研究者らの検証によると、07年に第3回PISAの結果が発表された時には、ドイツ紙の報道量は英仏の15倍もあったという。初回に読解・数学・科学の3分野とも20~21位にとどまったことで、教育改革への関心が高まったようだ。

 同国の歴史教育などが専門の名古屋大大学院の近藤孝弘教授は、「日本と同様に『PISAショック』が起きた。教育関係者が危機感をあおり、教育予算が大幅に増えた」と話した。

 近藤教授によると、ドイツはもともと午前8時から午後1時ごろまでの「半日学校」が多かったが、日本と同じく授業時数を増やす取り組みが進められ、首都ベルリンのすべての小学校、全国的には約4割の学校が「終日化」した。さらに、同国では学習指導要領を各州が定めるが、ドイツ語や数学、理科などの主要教科については各州が参考にすべき全国共通の“要求水準”が示された。

 多くの移民を抱えるドイツでは、階層の問題がPISAの成績低迷の一因と考えられていることも近藤教授は紹介。「日本でも学力格差がある。底辺層を減らすことは、両国に共通する課題だ」と述べた。

 PISA開始以来、日本の教育界が熱視線を送るトップ常連のフィンランド。同国の教育政策の動向を13年にわたって研究している熊本大の渡辺あや准教授によると、PISA開始前の1990年代までは日本と同じく学力低下論や学校改革論が叫ばれていた。ところが、「PISAの好成績が続いたことで、下火になった」という。

 一方で、「PISAの結果が良かったために、教育政策に対する危機感が共有できないというネガティブな側面もある」と指摘した。近年の世界的不況のあおりで教育予算が削られ、教員の待遇は悪化しつつあるという。

 質疑応答の中で日本の教員は、近年の教育政策が教育現場にもたらした影響について「成果主義、数字重視が行きすぎている気がする」「束縛感が強まった」と実感を語った。

 近藤教授は「ドイツでも教師の多忙感が増し、窮屈になっている」。京都大の松下佳代教授(教育方法学)は「本来、PISAは政策の評価に使われるべきもの」と語り、PISAショックから始まった全国学力調査が自治体や学校の評価・競争に使われることへの懸念を示した。

 文部科学省の平林正吉教育課程課長は「説明責任が求められる時代。何らかの指標は必要」と述べつつ、「PISAも指標の一つ。あまり踊らされないようにしたい」と応じた。

 各国の教育政策に少なからず影響を与えてきたPISA。今後、どう受け止め、生かしてゆくべきなのか。

 読解力などで日本を上回る成績を挙げてきた韓国だが、同国のリ・キジョン国民大学教授が口にしたのは反省点だった。「韓国の親たちは一つのモデルしか持たない。『勉強しろ、勉強しろ』だ」

 学力テストで一定の点数に達していない生徒には補習が義務付けられており、保護者が支払う補習費用の多くを国が助成しているという。大学受験の競争も厳しい。「韓国はもう少しゆとりを持ったほうがいい。日本の教育水準はトップレベルで、悲観することはない」

 さらに、PISAは日常生活に求められる思考・判断力などを測る指標であり、創造性を測る指標ではないとし、こう指摘した。「世界をリードするために必要なのは、創造性の方だ」

 京大の松下教授も「PISAはあくまでも筆記テストだということを忘れるべきではない」と強調し、教師と子どもの関係や、子ども同士の関係を通じての学びには「数値で測れない論理」も働いていると話した。そのうえで「PISAの好成績は、目標とすべきものではなく、結果としてついてくるもの」と述べた。

 オーストラリア教育研究所のスー・トムソン博士はこう提言した。「21世紀は生涯学習の時代だ。学習する信念、意欲の強さも、重要な要素になってくる」

■信頼性へ質問相次ぐ OECD「不正はできない」

 ところで、PISAには成績優秀者だけがテストを受けるといった「不正」はないのか――。質疑では調査の信頼性を疑問視する質問が相次ぎ、研究者らが説明に時間を割いた。

 調査対象の母集団は「ほぼ義務教育を終えた段階の就学中の生徒」。国際ルールに従い、学力の偏りのないようまず学校を抽出し、そのうえで1校あたり35人の生徒を無作為に抽出する。

 日本では、学校単位ではなく「公立・普通科」「国立私立・専門学科」などのように学科単位で抽出。185学科の6077人が参加した。母集団である対象学年約116万人の0.5%にあたる。

 OECDは、こうした抽出や採点、データ入力などの様々な手続きを厳しくチェックしており、不正はできないと説明している。(花野雄太)

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