法医解剖、大学に重荷…本紙アンケート調査から『読売新聞』2010年8月16日付

『読売新聞』2010年8月16日付

法医解剖、大学に重荷…本紙アンケート調査から

青森ただ1人の教授、ギブアップ

「今のままでは、法医解剖システムは10年後に崩壊する」――。大学の法医学教室を対象に行った本紙のアンケート調査から、大学が「社会貢献」として担う制度の危機的な状況が浮かび上がった。

関係省庁は死因究明制度の改革に向けて動き出しているが、解決すべき課題も多い。

■死因究明

2007年に愛知県で起きた力士暴行死事件で注目された死因究明問題。この1年でも埼玉、鳥取の不審死を巡る捜査などで、関心が高まっている。

東京都は、パロマ工業製湯沸かし器による一酸化炭素中毒死が、各地で「病死」などとして見逃されていたことが発覚した06年、死因究明の重要性を再認識した。

東京・多摩地区の異状死解剖率は、06年まで23区の5分の1程度だった。23区は専従の法医学者らによる監察医制度があるが、多摩地区は大学に解剖を頼るために生じた格差。都は、厳密な死因究明のために大学に一層の協力を要請。06年に281件だった多摩地区の解剖数は、08年に840件に増えた。ただ、複数の大学があり、解剖医も多い東京はまだ恵まれている。

■現場の悲鳴

青森県の法医解剖を一手に担ってきた弘前大(弘前市)の教授が体調不良などを訴え、受け入れを休止したのは昨年11月。「1人で担うのは心身の負担が重く、正確性を維持する自信がない」との理由からだ。県警は必要が生じるたびに岩手医大(盛岡市)と秋田大(秋田市)に遺体を運ぶ。弘前大は解剖医の補充を検討中だが、解決のめどは立っていない。佐藤敬・弘前大大学院医学研究科長は「地域貢献は大事だが、本来は行政の仕事ではないか」と本音を漏らす。

代行する他大学も深刻だ。

「社会のために頑張らねばと思うが、僕は超人ではない」。岩手医大の出羽厚二教授はため息をつく。ここも岩手県唯一の拠点。昨年は解剖医2人で187件だが、今年は6月末で104件。4割近くが青森分だ。今春、もう1人の解剖医が海外留学した。「臓器の組織検査などを担う職員らも限界」と心配する。

佐賀県や広島県でも07年以降の一時期、解剖医が不在だった。国内の解剖医は130人程度で、昨年の解剖実績を答えた50校中28校では解剖医は1人。他の大学でも2~3人でやりくりしている。

■人材確保の壁

司法解剖の場合、薬物や組織検査、鑑定書の作成などを含め1件で2~3か月かかることもある。大学の本来の使命である教育や研究の時間が奪われている。

大半の大学が現状に危機感を抱いているが、一方で国公立大の法人化などで大学には「採算性」が求められている。法医解剖は、委託した警察や都道府県が大学に実費を払うが、「教育・研究という大学の本務ではない。人件費や機器購入費も国や自治体などが負担すべきだ」(岡山大)などの声が根強い。調査では、全大学が公費負担の強化を求めた。スタッフ増員計画は60校中49校が「ない」、2校は「削減予定」と回答。人材の確保・育成策を国などに求める声が相次ぎ、「なし崩し的に大学任せにしてきた」との指摘もあった。

法医は開業の道もなく、圧倒的にポストが少ない。琉球大法医学教室には大学院生2人がいるが、教員ポスト(教授、准教授、助教各1)は埋まっている。佐藤良也・医学部長は、「やる気も資質もある学生は、隣県に応援を頼めない沖縄には貴重だが、どうにもできない」と嘆く。打開策として、「国による解剖・検査の専門機関を設ければ、ポストができ、人材育成も行える」(名古屋大)という提案もある。(中部社会部 小川翼、地方部 早川悦朗)

Proudly powered by WordPress   Premium Style Theme by www.gopiplus.com