新教育の森:増える公立大、地域再生に一役 高まる期待と存在感…私立から衣替えも『毎日新聞』2010年6月19日付

『毎日新聞』2010年6月19日付

新教育の森:増える公立大、地域再生に一役 高まる期待と存在感…私立から衣替えも

公立大の存在感が高まっている。09年までの10年で33の新たな大学が産声を上げ、大学・大学院の学生数は13.7万人と35%増。学生全体の5%足らずだが、学生数が頭打ちの国・私立と対照的だ。昨年は全国で初めて、高知工科大が私立から公立に生まれ変わった。【遠藤拓】

◆高知の山あいに活気

高知市から東北東に15キロ。高知県香美市の山あいに、赤れんがの建物の一群がそびえる。高知工科大のキャンパスだ。「公立になり、学生が増えてにぎやかになった」と言うのは4年生の男子(22)。2年生の女子2人は「ここに来たのは地元で学費が安いから」と口をそろえる。

大学の開学は97年。県が建設費などを負担し、県を中心に設立した学校法人が運営する公設民営方式を採った。10年余りで「変身」に踏み切ったのは、学生の定員割れが深刻だったからだ。

「高知の1人あたりの県民所得は211万円(07年度、全国46位)。一方、私立時代の授業料は工学部が年間124万円で、親が支払える能力を超えている。18歳人口の低下や大学の首都圏一極集中、若者の理科離れもあった」。佐久間健人学長は説明する。

公立となって、がらりと変わったのは授業料。大学全学で年間約54万円に抑えた。国の私学助成に代わり、より高額な県の運営費交付金が支給されるためだ。10年度入試の志願倍率が10・8倍となるなど、定員割れは解消した。

大手予備校、河合塾教育情報部の富沢弘和チーフ(38)は「不景気になると受験生の国公立志向が強まる」と前置きして言う。「大学全入時代を迎えて国公立を取り巻く環境も厳しくなるとみられたが、少なくとも現時点では、私立に比べれば安泰です」

◆地元とのつながり強化

一方で公立化は、大学と地元のつながりを強めるきっかけにもなった。「この大学の存在意義は県の負託に応えること。地域の再生に真剣に取り組みたい」と佐久間学長。地元産業界との技術開発は昨年から特に力を入れており、順調に成果を上げている。

また、地元の小・中・高校生が見学に訪れれば、教職員や学生が説明にあたる。学外でも、学生がお祭りなどの行事に率先して参加する。市商工会の石川祐一副会長(58)は「高齢化の進む田舎に若い人が来てくれる。それだけでうれしい」と目を細める。

佐久間学長は大学公立化の際、総務省の担当者に「『官から民へ』の潮流に逆行しているのでは」とただされ、こう答えたという。「『民から官へ』は行き過ぎた東京一極集中に対する、地方からのメッセージです」

◇経済効果や就学機会、大きな利点 自治体トップの政策転換、慎重に--今や80大学

公立大の新設には主に三つのパターンがある。(1)国の助成制度を活用した看護、医療、福祉関連の大学新設(2)公立短大の4年制大化(3)公設民営大学の公立化、だ。(3)は高知工科大の他、今春公立に衣替えした静岡文化芸術大と名桜大(沖縄県)も含まれる。鳥取環境大にも追随の動きがある。

公立大学協会(会長・矢田俊文北九州市立大学長)によると、公立大が目立って増えたのは80年代後半以降。戦後、おおむね30大学で推移していたが、95年に初めて50大学を突破(52大学)、00年には70大学を超えた(72大学)。統廃合による減少もあるが、10年現在、80大学に上る。

中田晃事務局長(48)は言う。「公立は国立よりもきめ細かい教育が期待できるし、議会対応もあり、地域のことを常に考えている。より存在感が高まってくれればいい」

もちろん、課題もある。

「倍率が高くなると地元出身者が入学しづらくなり、卒業生は首都圏に流出しやすい。地元からはよく指摘されます」と、高知工科大の佐久間学長は言う。公立大学協会によると、こうした状況は各地でみられるという。

公立大に詳しい横浜市立大の高橋寛人教授(教育学)はこうした「地元の声」に反論するかのように言う。「他地域の学生は大学に魅力があるから訪れる。4年間の生活で数百万円のお金を落とし、その後地元に残れば、もっと大きな経済効果を生む。そもそも大学がなければ、そうしたチャンスも、地元の子どもの就学機会も生まれない」

高橋教授はこうも言う。「自治体のトップが代わり、大学政策を転換することがあるが、慎重に取り組んでほしい。長年の伝統は一度失うと簡単には取り戻せない」

首都大学東京は05年開校の際、石原慎太郎知事がトップダウンで大学の統廃合を進めたことに学内外で反発の声が上がった。橋下徹大阪府知事は09年、府立大の存廃も含めた見直しに言及している。

地方の自治と大学の自治。このバランスの取り方も、公立大の課題といえそうだ。

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