大学大競争:国立大法人化の功罪 外部資金獲得推奨策、効果より目立つ弊害『毎日新聞』2010年5月18日付

『毎日新聞』2010年5月18日付

大学大競争:国立大法人化の功罪 外部資金獲得推奨策、効果より目立つ弊害

◇教員の「業績主義」、研究に支障も

国立大法人化(04年度)に伴って、大学運営に欠かせない国からの運営費交付金が減額され、外部資金獲得を教員に推奨する大学が増えている。しかし、実際には推奨策が外部資金の増加につながっていないことが、国立大学財務・経営センターによる全国立大への調査で分かった。企業が社員の業績によって賃金を増減する「業績主義」の弊害が指摘される中、大学側も経営戦略の見直しを迫られそうだ。【永山悦子、西川拓】

■実績で配分を加減

外部資金は、運営費交付金の不足を補い、研究力の強化や大学の活性化に欠かせない。代表的な資金は国が配分する科学研究費補助金(科研費)などの「競争的資金」。研究者から公募で集めた研究・教育課題の中から、高い評価を受けたものに配分される。外部資金集めに奔走する国立大は、こうした資金を獲得した教員を表彰したり、外部資金への応募が多い学部への教育研究費配分を増やすなど、あの手この手で教員の尻をたたく。

調査は山本清・同センター客員教授が08年12月~09年2月、全国立大86校を対象に実施し、全大学が回答した。「競争的資金への申請や獲得実績が多い研究者・部門には、大学からの研究費配分を増やし、少ない場合は減らす」など、経済的な推奨策を実施しているかを尋ねたところ、国立大の4割が既に実施、2割が導入を検討中だった。

さらにこのような推奨策が、法人化後の05~08年度の競争的資金獲得増につながったかを統計学的に分析した。学内で特定の研究分野を重点化するなど、大学の戦略的な取り組みと獲得増とは関連があったが、科研費への申請件数によって配分を増減する方法は有意な関連がみられず、大学側の狙いとは逆に獲得を減らす傾向が強かった。資金の獲得実績によって配分を加減する方法でも同様の分析結果となった。

08年版労働白書(厚生労働省)は「企業が仕事への意欲を高める目的で導入した業績主義に基づく賃金制度は、労働者の満足度の低下につながるなど、必ずしも成功していない」と指摘している。山本客員教授は「業績主義が機能しないことは知られているが、代わる施策がないため、なかなかなくならないのが実態だ」と話す。

■現場にも徒労感

現場の教員にも徒労感や無力感が広がる。

昨年夏、東日本の国立大に勤める40歳代の准教授は学部長から呼び出され、「優秀教員」として表彰された。「給料1カ月分くらいの勤勉手当」が支給されたという。

理由の説明はなかったが、思い当たることがあった。准教授が中心になったプロジェクトは文部科学省の競争的資金の支給対象に選ばれ、昨年度から3年間、年1000万円単位の研究費を大学にもたらしていた。

この大学では、競争的資金への応募を推奨する電子メールを全教員に送付。「合理的な理由なく応募しなければ、大学から教員に配分する研究費の額を見直す」との方針も伝わった。ある教授は「競争的資金への応募は、申請書作成など準備に手間がかかる半面、法人化後は応募件数が増えて採択率が低くなり、労多くして功少なしだ」とため息をつく。文科省によると、科研費の申請件数は年々増えている。支給総額も順調に増えていた94年度の新規採択率は27・0%だったが、09年度は22・5%と低下傾向にある。優秀教員として表彰された准教授も「(申請を)強制されても、いい研究は一朝一夕では生まれない」と指摘する。

首都圏のある国立大では採択率アップのため、競争的資金を獲得した実績のある教員が、他教員の申請書類を提出前にチェックしている。

年に数件をチェックする工学系の教授(43)は「たいして効果があるとは思えない。最近、こういう雑用が増え、自分の研究時間が取れない」と嘆く。

こうした現状について山本客員教授は「競争的資金獲得につながる良い研究は、研究者個人の意欲や関心から生まれる。『獲得したらごほうびをあげる』と目の前にニンジンをぶら下げられても、かえって抵抗感を持つ研究者が多いようだ。国や大学は、現在の資金配分のあり方を再検討することが必要だ」と注文をつける。

==============

■ことば

◇国立大学法人化

「国立大学法人法」に基づき04年4月、全国89(当時)の国立大が従来の国の付属機関から、独立した法人に移行した。各大学は学外者を入れた経営協議会を設置し、文部科学相が認可した中期計画(6年間)に沿って大学を運営、文科省の評価委員会の評価を受ける。運営費交付金(09年度で計1兆1695億円)は国から支給されるが、学長の権限や大学の自主性は強まった。今年4月から第2期の中期計画に入った。

Proudly powered by WordPress   Premium Style Theme by www.gopiplus.com