理科離れ防げ、教師力 鹿大CST、教え上手養成 鹿児島『朝日新聞』2010年5月12日付

『朝日新聞』2010年5月12日付

理科離れ防げ、教師力 鹿大CST、教え上手養成 鹿児島

子どもの理科離れを食い止めようと、授業にたけた特別な理科教員

「コア・サイエンス・ティーチャー(CST)」を養成する講義が、今年度から鹿児島大で本格的に始まった。小中学校の教師を目指す大学院生や現職教員を対象に、大学教授が理科の授業を教え直すことで、教師力向上を目指す試みだ。ただ、CSTになった後の働き方など未整備な部分も抱えながらのスタートとなっている。 

●実験から体感 授業のコツ伝授

4月下旬、鹿児島市の鹿児島大の教室。

「音は空気振動によって伝わる。じゃあ実際に振動する様子を目で見よう」

約10人の大学院生を前に、教授がそう話しながら、音が鳴るスピーカーの上に5ミリほどの発泡スチロールの小玉約20個を落とした。小玉は振動で跳びはねた。

大学院生レベルなら当然分かっている「音と振動」の関係。それでも学生は真剣な表情で実験の様子を見つめた。この日の講義のテーマは「音の世界」。内容は小中学生で習うレベルだ。講義を担当した同大理工大学院の藤井伸平教授は「実験や講義は音の性質を専門的に理解することが目的ではない」と話す。

大学院生らは理系学部を卒業し、全員が理科教員免許を取得している。あえて分かり切った実験をしたのは、理科教師として実際に教壇に立った時、児童や生徒に向けた実験や解説方法の参考にしてもらうためだ。

「音と振動の関係を黒板に書いて説明しても子どもは理解しづらい」と藤井教授。学生は講義の内容より、教授の解説の仕方や実験器具の扱いに注目していた。

講義はこの後、加速度的に進む。真空状態では音は伝わらないこと、音が干渉しあう様子を実験で確かめ、最終的には耳の構造にまで発展した。

教授陣は時折、「ゲームのように実験をすると小学生は喜ぶよ」とアドバイス。この日、学生に課した宿題は「音の性質を理解するのに有効な簡単なおもちゃや実験器具を実際に作れ」だった。

●自主的な研修 優遇・資格制度なく

義務教育課程の理科教員は幅広い分野の知識が必要とされる。児童や生徒からは昆虫や天体、地学に微生物までとっぴな質問も飛んでくる。教員がうまく答えられなければ、児童や生徒の理科への興味をそぐことになりかねない。「子どもの理科離れは、教員側にも問題がある」といった指摘から始まったのがCSTだ。科学技術振興機構(JST)が主導し、全国7大学で実施されている。

鹿児島大では教育、理工、農学、水産の各大学院がタッグを組み、教員免許を持った大学院生を対象に各大学院の教授らが講義をする。2年間のカリキュラムで模擬授業や教育実習も予定している。

例えば専門が生物の教師でも、化学や地学の知識を十分に身につけた上で教壇に立ってもらう。実験や観察を通して子どもたちの興味を引く授業を、自分の専門外の分野でも展開できる――。こういった教員の養成がCST事業の目的だ。

専門科目が生物という同大学院水産学研究科の宇都敦郎さん(23)は「物理は専門的に勉強したことが無く苦手分野。それでも楽しく実験的な授業をすることが理科教師には求められるので、CSTは役立つ試みだと思う」と、新たな試みを評価する。

来年度からは現職教員向けの講義もスタートする。県内の小中学校から希望する教員を募り、土日や夏休み期間を利用して講義をする。各学校でリーダーになる教員を養成するのが目的だ。将来的には、CSTが授業支援指導者や授業アドバイザー、教員向け研修の講師として活動することを想定している。

しかし、CSTになった後の活躍の場が整備されているとは言い難い。

大学院生がCSTになっても、現状では就職や職場での優遇措置は無い。さらにCSTカリキュラムは大学院卒業に必要な単位には含まれない。カリキュラムを終了しても、大学院から履歴証明書が交付されるだけで、特別な資格が取れるわけではない。

現職教員でも、人事異動や給与に直接の影響は無い。CSTの講義自体も「自己啓発のための自主的な研修」(県教委学校教育課)と位置づけられ、現職教員が休日に講義を受けてまでCSTになるメリットははっきりしない。現状では現職教員の熱意だけに頼る制度のため、どれだけ希望者がいるかも未知数だ。

同大CST運営副委員長の宮町宏樹教授は「せっかく能力のある理科教員を育てても活用できなければ意味がない。CSTを専門職にし、優遇することが制度定着には必要だ」と話した。(森本浩一郎)

Proudly powered by WordPress   Premium Style Theme by www.gopiplus.com