(人材立国ふたたび)理系の才能育み大事に処遇しよう『日本経済新聞』社説 2010年5月9日付

『日本経済新聞』社説 2010年5月9日付

(人材立国ふたたび)理系の才能育み大事に処遇しよう

日本はこれからも「技術立国」を自負できるのか、危うい。肝心の技術者が手薄になりつつあるからだ。

韓国のサムスン電子には、半導体や液晶パネルなど4つの事業部門に相当数の日本人技術者がいるといわれる。サムスン側は明らかにしていないが、各部門で100人を超えると電機業界の関係者はみている。

技術者が海外流出

中国や台湾の企業に転じる日本人技術者も後を絶たない。電機や情報産業を中心に人材が活躍の場を求めて海外の大手や新興企業に移る。

半導体の設計、微細加工やディスプレーの材料研究など、先端技術の開発で実績のある人材だけではない。生産技術や品質管理のノウハウを持った現場の技術者も国外へ出ている。日本の大きな損失だ。

技術力は日本の競争力の源泉だ。DVDの製造に必要な特許の95%は日本企業が持つ。液晶関連も米国で登録された特許や実用新案権などの工業所有権は9割近くを日本企業が押さえる。知的財産に詳しい東大の小川紘一特任教授の分析だ。

この優位も、人とともに技術が日本から流出すると揺らぐ。経済産業省の調査によれば、人を介した企業からの技術流出は、日本人の退職者を通じた例が外国人従業員などを上回り、38%で最も多い。技術者の流出で競争上、不利になる。

有能な技術者をどう育(はぐく)むか。海外企業に移った技術者の声を聞くと、研究成果がきちんと評価されなかった不満が多い。

真っ先に取り組むべきは報酬制度の改革だ。海外企業が2倍の年収を約束して、日本企業から技術者を獲得する例はざらだ。発明などの実績に見合う報酬制度を徹底すべきだ。

例えば三菱化学。営業利益への貢献度などに応じ最高2.5億円を支払う。思い切った制度でなければ、技術者をひきつけられない。

関心のある分野の研究開発を掘り下げたい。そうした技術者の心理に応えるのも有効だ。日本ヒューレット・パッカードは人事異動を原則として社内公募で決める。ソフトウエア開発者など技術系社員の配置換えは7割以上が本人の意思による。

団塊の世代が定年後に海外企業に移った例が目立つ。それだけに、実績を上げた技術者を雇用し続ける制度を考えたい。東芝は東芝リサーチ・コンサルティングという受け皿会社を設立。定年を過ぎた約50人の技術者が専門の研究を続け、研究開発のテーマなどを助言している。若手技術者を育てる効果もあろう。

需要が伸びるのに技術者が足りない成長分野は、人材養成が急務だ。家電や自動車を制御するソフトウエアはその一例。技術者は26万人近くいるが、それでもまだ約7万人が不足しているという。

理科系教育も今のままではダメだ。何より高等教育の中身を見直すときだ。政府は大学院教育に力を入れ、博士課程の在籍者は20年で2.5倍の7万4000人になった。だが少子化で今後は大学の定員が減り、大学教員への道は狭まる。

ドクター(博士)が企業でも活躍できるように、文部科学省や大学は博士課程の中身を改めないといけない。単に好奇心で研究するのでは富を生み出せない。フィンランドなど技術立国を志向する北欧諸国のように、研究が社会にどう役立つかの視点を履修者にもっと持たせたい。

職業訓練に民の知恵を

2009年度の経済財政白書によれば企業が抱える過剰雇用、いわゆる企業内失業は600万人にのぼる。だが労働力人口は20年後には1000万人減る。将来の労働力不足は必至だ。今、人的資源を育てなければその時の所得を稼げない。

今より少ない労働力で経済を成長させる。そのためには、500万人余りが働く建設業など需要が伸びない分野から、医療、介護や環境関連といった成長分野へ人材を移す戦略も欠かせない。

職を変えることは容易でなく、摩擦も少なくない。産業構造を変えるためには、地道に人材を育てていく必要がある。

雇用の増える分野で求められる技能や知識を求職者に身に付けさせるほかない。それなのに国や都道府県による公共職業訓練は時代遅れになっている。内容を見直すべきだ。

施設での訓練は今なお受講者の4割強が製造業でも溶接などや建設現場向け。その訓練は主に中小企業向けに限り、国や都道府県は訓練施設での教育を民間に任せた方がよい。

英国の公共職業訓練は民間の専門学校などが公的助成を受けて教育を運営する。そうして情報技術、金融や健康関連分野に人材を送り出している。民間を競わせ、訓練内容を時代に合ったものにしたい。

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