ひきこもり学生を救え…各校が相談室設置『 読売新聞』2010年5月11日付

『 読売新聞』2010年5月11日付

ひきこもり学生を救え…各校が相談室設置

対人関係などで深刻化

大学生のひきこもりや不登校の問題が深刻化している。人間関係を築くのが苦手な学生や、学力不足の学生が増えていることなどが背景にあるようだ。

こうした学生を支援しようと、各大学は専門相談機関や自助グループを設け、対策に乗り出している。

大阪府内の短期大学に通っていた女子学生は、半年間、自宅にひきこもった。教室の雰囲気になじめなかったことや勉強の負担、家庭内の問題などからだった。

通学中から時々、顔を出していた保健室の職員とは、ひきこもった後もメールで連絡を取り合った。心配になった職員らが自宅を訪れ、関係がこじれていた親と話をしてくれた。その後、保健室を居場所として登校を再開。「ここがなければ、学校を辞めていたと思う」と振り返った。

この短大では、けがや病気でないのに、保健室で過ごす学生が増え、学校側も相談に乗っている。

「単位が取れているか不安だ」「就活がうまくいかない」。和歌山大学の「メンタルサポート室」にも、さまざまな悩みを抱えた学生らがやって来る。同室を運営する保健管理センター所長で、同大教授の宮西照夫さんによると、留学などの理由がなく、3か月以上不登校になっているのは、大学院生を含む約4700人のうち、年間約100人。

原因は対人関係のトラブル、進路や就職への不安など。講義の履修登録の仕方を周囲に尋ねられないまま欠席がちになり、ひきこもった例もあった。宮西さんは「5月はこうした傾向が出始める時期。1回の欠席でもつまずきの要因になる」と警戒感を募らす。

背景に、人間関係を築くのが苦手となるなど学生の変化があるようだ。少子化に伴う大学全入時代の影響を指摘する専門家もいる。学力不足で講義について行けず、勉学への意欲が減退する例もある。

こうした状況を受け、各大学は対策に乗り出している。

和歌山大学の「メンタルサポート室」では、ひきこもりなどに悩む学生の支援のため、精神科医や臨床心理士ら専門スタッフが応対する。また、ひきこもり経験のある学生たちが自助グループを作り、受講手続きを手伝ったり、一緒に外出したりしている。交流を深めるうちに復学した学生も多い。2年半の休学後、メンバーに加わった4年生の男性(24)は「自らの経験を生かし、手助けしたい」と言う。

東京大学は2008年4月、学生相談ネットワーク本部を設置して支援体制を強化。総合的窓口「なんでも相談コーナー」には、「友人の様子がおかしい」「子どもと連絡が取れない」などの相談が寄せられている。同本部企画室長で、同大特任教授の亀口憲治さんは「挫折の経験が少なく、まじめで素直な学生が多い。成長する過程を支える大学の役割は大きい」と話す。

東北大学は、学生相談所内の一室を「居場所」として活用。「不登校状態の学生に学内に居場所があるというメッセージを伝えることが大切」と担当者。

「社会的ひきこもり」などの著書がある精神科医の斎藤環さんは「ひきこもりの平均年齢は年々上がっている。働かず、ほとんど納税しない人が増えれば、社会的な負担は大きくなる。もう大学生なのだからと切り捨てるのではなく、社会全体の問題として取り組むべきだ」と話す。

全大学で1%、2万8000人…専門機関に早期相談を

ひきこもり状態にある大学生の実態を把握するのは難しいが、調査も進んでいる。

厚生労働省の研究班が今年2月、東京で開いたシンポジウムでは、ひきこもり状態の大学生は全国で推計2万8000人、100人に1人の割合という結果が報告された。

調査は2008年末、全国の大学教員4037人にアンケートを送付し、1065人から回答を得た。

「3か月以上、大学に来ていない学生の数」などを尋ね、寄せられた回答を基に推計したところ、全国の大学生約280万人のうち、不登校は2・9%に当たる8万1000人で、うち2万8000人がひきこもりの可能性があるとの結果を導き出した。

教員の自由記述では、「ひきこもり、不登校の学生が増えてきた」とする回答が目立ったほか、「専門家ではない教員が対応する困難さ」「介入の程度・時期・是非の判断の難しさ」などをあげた。

調査に協力した大阪府内の大学教授は「長期欠席が続く学生にメールを送るが、返事はない。大学は本来、勉強したい人が来る所。大人である学生にどこまでかかわればいいのか、とても難しい」と明かした。

調査を担当した神戸女学院大教授の水田一郎さん(精神医学)は「大学生の不登校やひきこもりが、無視できないほど大きな問題になっていることが示された。学内の相談部署、教職員、保護者、学生の連携が十分に機能しておらず、大学全体として支援ネットワークを構築することが必要だ」と話す。

ひきこもりや不登校になった場合、家族らはどのように対応したらいいのだろう。

「東京都ひきこもりサポートネット」の監修者で東京学芸大教授の田村毅さん(精神医学)は「家族はひきこもりを甘えや怠けととらえるなど、抱え込んでしまいがちだが、早期に専門機関などに相談することが必要。長期化すれば、回復が難しくなる」という。家族や友人らがちょっとした異変に気付くことも大切だ。下宿生の場合は、定期的に連絡を取り合うことを勧める。

また、当事者の学生に対しては「学内の保健管理センターなど身近に相談できる所があるので、一人で悩まず、早めに相談して」と呼び掛ける。

同サポートネットのような専用相談窓口は、厚労省が昨年度から整備を進めており、今年4月現在、北海道、愛知、京都など全国23の都道府県、政令市に設置されている。相談員が個別に応じ、医療や教育、福祉などの関係機関との連携を図っている。

詳しい連絡先は同省のホームページ(http://www.mhlw.go.jp/bunya/seikatsuhogo/hikikomori.html)で紹介している。(西村公恵、古岡三枝子)

 

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