日本の学術および科学技術に関する緊急宣言
―グローバル社会における日本の科学技術水準の衰退を憂える―
国立大学53工学系学部長会議
国立大学53工学系学部長で構成する当会議では、科学技術の発展を支える工学教育の在り方について論議を重ねると共に、平成20年9月には、自然と共存していく科学技術の発展と持続可能社会の実現に向けた「科学技術環境行動宣言」を行うなど、科学技術の果たした業績と将来に向けたその在り方や使命に関し、国民へ広く情報発信を行ってきた。
今回の「事業仕分け」における科学技術政策に関する決定経過およびその結果は、「科学技術で世界をリードする国」たらんとする日本の将来を考えると、深く憂慮されるものであり、看過できない。そこで国立大学53工学系学部長会議構成員の総意のもと、ここに緊急宣言を発表する。
宣 言
先日行われた行政刷新会議による「事業仕分け」がインターネットで同時配信されるなどして、国民が予算配分に関する議論の内容と経過とその結果とを目の当たりにできたのは、審議に関する透明性の観点で大きな前進と評価できる。逼迫した我が国の財政状況において、予算に関わる無駄が排除されるのは当然のことであり、国家予算に対する国民の関心が高まったこともまた大きな成果である。
しかしながら、一部の事業項目、とりわけ学術や科学技術関連事業予算、高等教育関連事業予算の取り扱いについては疑問があり、先日、ノーベル賞受賞者を始め、複数の団体が緊急声明を発表したように、その評定については深く憂慮せざるを得ない。
そもそも我が国は、原油、レアメタル、ウランなどの資源を持たず、大半の食料をも輸入に頼っている少資源国であり、工業製品やその生産技術の輸出によって経済社会が支えられていること、したがって科学技術の深化と発展こそが我が国の経済社会の原動力となっていることは言を俟たない。
世界の産業と、その基盤となる科学技術開発が世界的大競争時代に突入した今日、我が国が今後とも世界の人々から尊敬され、また国民が将来に夢と希望を持って生き続けていくためには、独創的・先験的な研究開発成果を生みだし、産業化して世界の科学技術を牽引できる、「科学技術で世界をリードする国」となることが、我が国の使命であり、生命線でもある。国立大学は、これまで基礎研究や先端的な研究の推進と、それを担う人材を育成し社会に輩出することを以て、その責任の一端を担ってきたものと自負しているが、国際競争が激化する状況下で、我が国の大学や研究機関がその使命を果たしていくためには、教育力や研究力の一層の引き上げに向けた、継続的環境整備が不可欠である。
一方、教育GP やグローバルCOE を始めとする多くの競争的資金配分の仕組みについても同様である。それらが取り入れられた後、大学の教育研究現場では教育力・研究力の高度化に向けて多くの改革がなされてきた。しかしそれらはまだ道半ばであり、それらを突然に中止することは学生教育への影響に止まらず一部留学生の生活そのものを危うくするものである。
また、留学生30万人計画についても、グローバル30に採択された大学のみならず、その他の大学においてもその実現に向けて議論し施策を講じてきた。我が国のように少資源国家が国際社会において競争力を維持し、「科学技術で世界をリードする国」を将来においても堅持するためには、諸外国取り分けアジア諸国との密接な人的ネットワークを形成することが重要である。それには優秀な留学生を獲得し、育成して諸外国に送り出さなければならない。そのための予算は、国際競争力があり、かつ夢と希望のある将来の日本を担保するために必要不可欠である。
それにもかかわらず、今回の事業仕分けにおいて、多くの科学技術関連予算を始め、産学連携事業予算、大学の教育研究高度化予算、留学生支援のための関連予算、さらには国立大学の基盤的経費である運営費交付金までもが、廃止、削減あるいは見直しとなったことは、「科学技術で世界をリードする国」たらんとする我が国の将来にとって深く憂慮せざるを得ない。
我が国はこれまでも幾多の経済危機に直面して来た。そうした苦しい財政事情の時にも、国は科学研究費補助金や各種の教育研究高度化予算、産学連携事業予算などを手当てし、大学の学術や科学技術の水準保持に配慮してきた。そうした努力が、我が国からもノーベル賞受賞者を生み、国民の負託に応えた先導的な科学技術の発展と、我が国産業の国際競争力維持、地域の産業や文化の発展、さらにはそれらを支える人材育成に大きく貢献してきた。
国立大学においても、その教育研究の高度化と効率的かつ効果的な運営を目指して、平成16 年に国立大学法人化するとともに、運営費交付金の毎年1%削減等の措置を受け入れ、大学運営の改善拡充と教育研究の高度化に取り組んできた。この5 年間に及ぶ毎年連続1%の経費削減は国立大学運営にとって非常に厳しく、一部の大学においてはその存立基盤すら危うくなってきている。
しかるに、今回の事業仕分けにおいて公表されたような結果となったことは、国立大学はもとより、多くの公立、私立大学の教育研究を大きく後退させ、ひいては我が国の存立基盤を脅かすものであり、「大学や研究機関の教育力・研究力を世界トップレベルまで引き上げる」とした、民主党の政権政策マニフェストにも反する。来年度以降の学術や科学技術関連事業、高等教育関連事業に対する予算編成を進めるにあたっては、今回の「事業仕分け」の結論をそのまま引き継ぐことなく、学術や科学技術の専門家を始め、高等教育機関や産業界の意見に耳を傾け、国民生活の維持向上のため、我が国が今後も「科学技術で世界をリードする国」としての存在感を増大できるよう、長期的視点に立った配慮を強く望むものである。
平成21年12 月3日
署名人一同
平成21年12月3日
日本の学術および科学技術に関する緊急宣言
署 名 人 (国立大学53工学系学部長会議構成員)
大 学 ・ 学 部 | 氏 名 |
---|---|
室蘭工業大学 | 伊 藤 秀 範 |
北見工業大学 | 高 橋 信 夫 |
弘前大学理工学部 | 稲 村 隆 夫 |
岩手大学工学部 | 堺 茂 樹 |
秋田大学工学資源学部 | 西 田 眞 |
山形大学工学部 | 大 場 好 弘 |
福島大学共生システム理工学類 | 入 戸 野 修 |
茨城大学工学部 | 神 永 文 人 |
筑波技術大学産業技術学部 | 渡 部 安 雄 |
宇都宮大学工学部 | 井 本 英 夫 |
群馬大学工学部 | 板 橋 英 之 |
埼玉大学工学部 | 山 口 宏 樹 |
千葉大学工学部 | 野 口 博 |
東京農工大学工学部 | 纐 纈 明 伯 |
東京海洋大学海洋工学部 | 鶴 田 三 郎 |
電気通信大学電気通信学部 | 福 田 喬 |
横浜国立大学工学部 | 石 原 修 |
山梨大学工学部 | 中 川 恭 彦 |
新潟大学工学部 | 大 川 秀 雄 |
長岡技術科学大学 | 髙 田 雅 介 |
富山大学工学部 | 広 瀬 貞 樹 |
金沢大学工学部 | 山 崎 光 悦 |
福井大学工学部 | 鈴 木 敏 男 |
信州大学工学部 | 岡 本 正 行 |
信州大学繊維学部 | 平 井 利 博 |
岐阜大学工学部 | 若 井 和 憲 |
静岡大学情報学部 | 伊 東 幸 宏 |
静岡大学工学部 | 柳 沢 正 |
名古屋工業大学 | 梅 原 秀 哲 |
豊橋技術科学大学 | 稲 垣 康 善 |
三重大学工学部 | 小 林 英 雄 |
京都工芸繊維大学工芸科学部 | 柴 山 潔 |
神戸大学工学部 | 森 本 政 之 |
神戸大学海事科学部 | 小 田 啓 二 |
和歌山大学システム工学部 | 瀧 寛 和 |
鳥取大学工学部 | 田 中 久 隆 |
島根大学総合理工学部 | 竹 内 潤 |
岡山大学工学部 | 野 木 茂 次 |
岡山大学環境理工学部 | 栗 原 考 次 |
広島大学工学部 | 吉 田 総 仁 |
山口大学工学部 | 三 浦 房 紀 |
徳島大学工学部 | 大 西 徳 生 |
香川大学工学部 | 大 平 文 和 |
愛媛大学工学部 | 井 出 敞 |
九州工業大学工学部 | 西 垣 敏 |
九州工業大学情報工学部 | 尾 家 祐 二 |
佐賀大学理工学部 | 林 田 行 雄 |
長崎大学工学部 | 清 水 康 博 |
熊本大学工学部 | 両 角 光 男 |
大分大学工学部 | 井 上 正 文 |
宮崎大学工学部 | 大 坪 昌 久 |
鹿児島大学工学部 | 福 井 泰 好 |
琉球大学工学部 | 山 川 哲 雄 |