教育転換:政権交代の波/6 大学奨学金 『毎日新聞』2009年11月25日付

『毎日新聞』2009年11月25日付

教育転換:政権交代の波/6 大学奨学金

◇「返済不要」の創設急務

「娘は大学を卒業するとき、奨学金だけで800万円もの借金を抱えて社会に出るのです」

夫がリストラに遭い、パートをしながら大学1年の長女(20)と高校3年の長男(17)を育てる山口県宇部市の女性(46)は、新政権が掲げる教育支援策に強い疑問を抱く。「子どもの未来のためと言いながら、お金のかかる大学生には目が向けられていない」と。

今春、隣県の私立大の理学部に進んだ長女は、有利子で月12万円の奨学金を独立行政法人「日本学生支援機構」(旧日本育英会)から受けている。高校3年間も奨学金で公立校に通った。通算7年、彼女の返済総額は800万円を超える。

長男は、体育教師を目指したこともあったが、家計の厳しさから大学進学を断念。来春から寮のある県内の建築会社で働く。「夢を追わせてあげたかった」。女性は無念さをにじませる。

家計が暗転したのは7年前。大手企業に勤めていた夫が、突然のリストラ。仕事は見つかったが収入は激減し、いま、女性のパート代を含め一家の年収は300万円を切る。

昨春、志望校を落ちて浪人した長女は、カラオケ店のアルバイトで夏季講習費を稼いだ。合格はうれしかったが、授業料は年間140万円。アパートの入居費用などもあり、女性は実家に頼み込んで母親(75)から200万円を借りた。「大変やねえ」の言葉に、「ごめん、元気でおってね」としか答えられなかった。

民主党が公約の目玉に掲げた教育支援策は、大学生の子どもを持つ家庭には届かない。1人あたり月額2万6000円を支給する「子ども手当」は中学生以下、「授業料無償化」は高校生が対象。2人とも通り過ぎた。

さらに、その財源と目される「特定扶養控除」の縮小が検討されている。現行は16歳以上23歳未満の子どもがいる場合、1人あたり63万円が所得の課税対象から外される。支援が受けられないうえに扶養控除もなくなれば「泣きっ面にハチです」と、女性は嘆く。

大学などの高等教育費の貧弱さは他国と比較しても際立つ。経済協力開発機構(OECD)の調査によると、06年の公的財源から高等教育への支出は、対国内総生産(GDP)比でわずか0・5%。加盟28カ国中最下位だ。逆に保護者による私費負担の割合は67・8%で、OECD平均(27・4%)を大幅に上回る。ノルウェーはわずか3%だ。

東京大大学総合教育研究センターの小林雅之教授(教育社会学)によると、ヨーロッパ、特に北欧では大学の授業料は無償で、生活費のための奨学金制度も充実しているという。文部科学省によると、08年度の全国の大学、短大、高等専門学校の中退者のうち「経済的な理由」で退学した割合は15・6%。小林教授は「返済しなくていい給付型奨学金と授業料減免の拡充策を早急に検討すべきだ」と話す。=おわり

この連載は井崎憲、井上俊樹、三木陽介、田中博子が担当しました。

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■ことば

◇大学奨学金

民主党は公約で「希望者全員が受けられる奨学金の創設」を掲げ、給付型奨学金の検討も進める。文部科学省の来年度予算の概算要求には「大学奨学金の充実」も盛り込まれたが、額が明記されない「事項要求」にとどまり、先行きは不透明だ。

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