「医学生 残って」 切り札は「里親」 『朝日新聞』2009年11月23日付

『朝日新聞』2009年11月23日付

「医学生 残って」 切り札は「里親」

医師不足が深刻化する中、卒業後も地域に残って働く医療の担い手を育てようと、滋賀医科大(大津市)が、全国的にも珍しい取り組みを始めている。学生のために、地元の医療機関で働く卒業生らが「里親」となる制度で、人間的な結びつきを強めることで、地元定着を狙うものだ。文部科学省の学生支援プログラムに採択された。 

■OBら「バンク」登録 大学が仲介して交流 

京阪神のベッドタウンとして人口が急増する滋賀県は、人口あたりの医師数、診療所数、病院ベッド数ともに全国平均を下回る。一方で地元の同大医学科学生約600人のうち、県内出身者は2割に満たず、卒業生の半分は県外で就職してしまう。 

どうすれば、卒業後も滋賀に残ってもらえるのか。 

大学側は思案をめぐらせた。実は学生の半数以上が「将来、滋賀県で働きたい」「働いてもいい」と考えていることが、07年12月の学生へのアンケートでわかっていたからだ。そこでひねり出したアイデアが、OB、OGを中心に、学生と人間的なつながりを築いてもらえる大人を地元で見つける里親制度だ。 

大学を卒業して地元で働く医師・看護師に「里親」、医療関係者ではないが学生支援に意欲を持つ地元住民に「プチ里親」として「里親バンク」に登録してもらう。大学側はこの中から性別や専門分野など学生の希望に合う人を紹介。メールのやりとりから始め、実際に会って話をするなど付き合いを深めてもらう。夏と冬には1泊2日程度の合宿を行い、里親やプチ里親と直接会う機会を設ける。 

対象は医学科、看護学科の1、2年生。現在、学生の約15%にあたる48人が登録している。 

9月の合宿には、琵琶湖に浮かぶ人口400人足らずの沖島を学生34人と教員12人が訪れ、公民館に併設された島唯一の診療所を訪ね、地域医療の現状を学んだ。常駐する医師はおらず、週1回、約3キロ離れた対岸から医師が船で交代でやって来る。急病人が出ると、消防団が船で対岸に搬送する。 

夜は、大学の先輩でもある里親に沖島での苦労談を聞いたり、食事しながら医療の将来について意見交換したり。大阪市出身の医学科1年、島田加奈さん(20)は「沖島のことも診療所のことも初めて知った。地域医療についてもっと知りたいと思うようになりました」。 

沖島の対岸の近江八幡市で開業医をしている石塚千恵さん(46)は、子育てをしながら医師を続けてきた経験を学生に伝えたいという思いから、今夏に里親になった。「いろいろな人に助けられ医師を続けてきた。地域医療に興味を持ち、滋賀で働いてくれる人が一人でも多くいてくれたら」と願っている。 

■奨学金支給など各地で取り込み 

医学部生への地元定着策は各大学、自治体で広がっている。 

多くは独自の奨学金制度だ。広島大医学部の推薦入学は、昨年度から県内の高校卒業生を対象に「ふるさと枠」を設けている。月20万円の奨学金が支給され、卒業後9年間、県内の公的医療機関に勤め、半分以上を中山間地の公立病院や指定診療所に勤めると返還が免除される。 

鳥取県では、鳥取大医学部生を対象にしたもののほか、15人の枠で全国どこの医学部生でも月10万円を支給する制度を設置。一定期間、県内医療機関で働けば返済を免除する。 

医学教育だけでなく、地方の良さを伝える授業を採り入れる大学もある。福島県立医科大は今年度後期から、必修科目に福島の歴史や文化を学ぶ「福島学」を開設。知事やこけしの絵付け師などを講師に招き、福島の魅力をアピールしている。 

一方、国は、医学部生が卒業後に地域医療に従事すれば返済を一定期間猶予する奨学金制度の新設を検討している。ただ、実施時期は未定だ。 

■選択肢広がった―「里子」の谷村真依さん 

先輩医師と一対一で交流できるのがいいと思い、里親制度に登録しました。昨夏は、一緒にテニスもしました。 

今年2月、医療を学ぶ合宿研修に行きました。県西部の高島市では、広い地域に、小さな診療所が一つしかないところがあり、先生が複数の診療科をかけもちしていました。出張医療もしていて、奥地の小屋みたいなところで週1回ほど診療する。こういう地域があるんだと、初めて知りました。 

福田先生には、自分の娘のように温かく接してもらっています。安心して、進路の相談もできます。里親制度を通じて実際の医療現場に触れられて、将来の選択肢が広がりました。 

■自分も他県出身―「里親」の福田方子さん 

滋賀医科大を卒業し、勤務医として県内4カ所の診療所で働いています。里親制度には昨春申し込み、里子の谷村さんとは月に1回ほどメールでやりとりしています。今はまだ学業や進路の相談より、学校生活についての報告がほとんどです。 

私の両親は医者ではなかったから、医者がどんな仕事をしているか、あまり知りませんでした。里親制度の一番の魅力は、地域医療の現場に足を運び、先輩医師と交流する機会を得られるところにあると思います。 

私は神戸出身ですが、滋賀が大好きです。谷村さんも将来、滋賀で働いてくれたらうれしい。里親としてサポートしていけたらと思います。(浅野有美)

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