視点 科学の仕分け 理系首相に期待したい=論説委員・青野由利 『毎日新聞』社説 2009年11月23日付

『毎日新聞』社説 2009年11月23日付

視点 科学の仕分け 理系首相に期待したい=論説委員・青野由利

「次世代スーパーコンピューターで世界一になる意味は?」「国民に夢を与える」。一見、会話は成立しているが、実はかみ合っていない。

科学技術を対象とする行政刷新会議の「事業仕分け」では、さまざまな事業で仕分け人と文部科学省・科学者の間の溝が浮き彫りになった。背景には、双方が抱える問題があるようだ。

文科省側の問題は、具体的な成果予測を尋ねる国民目線の質問に説得力のある答えが示せない点だ。科学界で「当たり前」でも、市民にとっては違う。きちんと説明できなければ、「甘い」と言われても仕方ない。

ただし、それでばっさり予算削減とされるのには違和感がある。事実上「計画凍結」とされたスパコンにも、日本が独自技術として持つことの重要性や、半導体、創薬などへの波及効果があるはずだ。

仕分けの判断基準には、短期的「費用対効果」など、科学研究になじみにくい要素もある。

特に基礎科学は投じた資金がそのまま成果につながる保証はない。無駄を承知で広く薄く投資しておくことが、思いもかけない果実を生む。若手支援策のような人材育成も、投資効果を測ることは難しい。

予算縮減が打ち出された放射光施設「スプリング8」で議論になった「受益者負担」も、基礎研究者の利用を考えると単純ではない。感染症研究国際ネットワークのように、厚生労働省の業務だといわれても、現実の仕組みが伴わない場合もある。

しかし、なにより科学界をとまどわせているのは、科学技術の国家戦略が示されないまま、個々の事業の足切りを仕分け人が裁定していることだろう。

国際競争の観点から、日本はどの分野に重点を置き、どのように人材や産業、その基盤となる基礎科学を育成していくのか。そのために、一時的に削っても影響の少ない事業は何か。立ち止まって考えた方がいいのは、どういう事業か。

そうした、科学技術政策全体のビジョンと優先順位が見えないまま、予算削減が打ち出されていけば、科学界に危機感が広がる。若手研究者の意欲低下につながっては、元も子もない。

この財政状況で、科学技術だけが「聖域」といかないのはわかる。一方で、財政難だからこそ、将来への投資を失敗しないようにしたい。

鳩山由紀夫首相は、政治判断による科学技術関連予算の復活の可能性も示している。理系首相ならではの、国民も科学界も納得するような、国家戦略に基づく予算編成に期待したい。

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