『西日本新聞』社説2012年1月5日付
医工連携 あればいいなを形にするには
■2012 明日へ■
健康に対する関心はますます高まるだろう。健康食品やアンチエイジング(抗老化)をうたう商品の売り上げが加速し、体力維持のためのウオーキングは一層盛んになるかもしれない。
できるだけ病気をせずに長生きしたい。予防が重要になる。仮に病を得ることになっても、ごく初期に正確な診断ができれば完治の可能性は高まる。
病気を抱えて暮らすことになっても、最期まで自分のことは自分でやりたい。より使いやすいリハビリ用や介助用のロボットの開発が求められる。
超高齢社会で医療・介護の需要が高まるのは間違いない。多岐にわたるニーズがある。内需拡大が期待できる。成長分野だ。というわけで野田政権が打ち出した「日本再生の基本戦略」の中に、創薬や医療機器開発で世界をリードするなどの目標が盛り込まれた。
▼生活の質が向上すれば
医薬品の国内生産額は2010年が約6兆7790億円で、輸出額は約1400億円台にとどまる。これに対し輸入額は約2兆3165億円に上る。
医療機器は国内生産が約1兆7134億円に対し、輸入額は1兆円超で輸出額の2倍以上になっている。
医薬品・医療機器は大幅な輸入超である。国を挙げてここにテコ入れし、輸出産業にも育てようというわけだ。
医療や介護の分野で、そろばん勘定が先立つのはどうかとも思う。だが技術革新が進み、高齢者や病気を抱えている人や、その家族の生活の質が改善されるなら結果的にはいいことだ。
大分県ビジネスプラングランプリ最優秀賞を受けた「自動たん吸引装置」は良い例である。自発呼吸ができず、のどに詰まったたんを出せない難病患者の場合、家族など介護者が吸引器を使って取り除くしかない。夜中も小まめに起きての24時間の介護になる。
これでは家族が疲れ切ってしまう。何とかしたいと大分県宇佐市の企業「徳永装器研究所」と大分市の病院長が中心になって開発した。07年夏に実用化に成功し、10年夏に販売を始めた。
こつこつと積み上げた成果もある。九州工業大名誉教授の藤居仁さんの研究が本紙で紹介されたのは20年ほど前だ。当時は情報工学部の教授だった。
藤居さんは皮膚にレーザーを当て、皮下の反射光がつくる模様の変化をコンピューター処理し、血液の流れをカラー画面に映し出す装置を開発した。
この血液循環画像装置を長崎県島原市の眼科医らと共同で、目の病気の診断に応用したのだ。当時の記事には、糖尿病などの早期発見、治療に役立つと注目されている、などとあった。
藤居さんはその後、大学発ベンチャー企業のソフトケア(福岡県飯塚市)を設立し、製品化も果たした。現在は長崎大や久留米大、東北大などと簡易操作型装置の共同研究を進める。
精度の高い診断機器を開発する意味は、病気の早期発見である。画像装置で正確に兆候を捉えられれば、誤診や病気を見逃す可能性が小さくなる。
治療も内視鏡活用などで患者の負担を軽くする流れにある。九州大では「ナビゲーション手術」という面白い試みがあるようだ。開腹しなくても医師が患者の臓器を実際に見ているような映像が得られる仕組みで、無駄のない手術ができ、患者負担は最小という。
いずれも医工連携の試みだ。九州では他にも取り組みは数多い。九工大と九州歯科大、産業医大がある北九州市では「医歯工連携」との言葉も聞く。
▼高い壁を幾つも越えて
可能性は無限にあり、有望そうだ。だが、成果がなかなか見えてこない。
医薬品や医療機器は開発から製造、販売に至るまで長い時間がかかる。何よりも安全でなければならない。効果も慎重に見極める必要があるからだ。
大手企業が手を出しにくい「すきま」市場がたくさんありそうだが、経営体力が弱い中小企業は入りづらい。
医学と工学の接点が少ないこともある。九州経済産業局が昨年12月に第1回「医工連携推進研究会」を福岡市で開いた。仲介役がどれだけおり、実際にどのくらい動けるかも鍵になる。
大分県と宮崎県は医療産業拠点形成のために手を結んだ。両県の「東九州メディカルバレー構想」は、政府の「地域活性化総合特区」に選ばれた。
両県には血液や血管に関する医療機器を製造するメーカーの生産・開発拠点が集積している。都道府県別の医療機器生産金額(10年)では、大分は約1181億円で全国4位、宮崎は143億円で全国25位、九州では2位だ。
これを足場にもっと裾野を広げたい。産学官連携で研究開発、人材育成を進めたい。特区の利点を生かして企業誘致を図り、地場企業の参入も促したい。両県はこんなふうに考えている。
国の政策では革新的な技術開発、先端医療開発の「スーパー特区」もある。地域を超えて全国の大学や病院が手を結んで先端研究に挑む。中には九大が代表を務めるプロジェクトもある。
生活の質を上げる。あればいいなを形にする。試行錯誤がさまざまなレベルで行われている。どのくらいモノになるだろうか。「連携」は容易ではない。ただ、その試みは後押ししたい。