これが言いたい:ローン化で若者に重荷負わせるのは愚策=宮本太郎『毎日新聞』 2010年12月9日付

『毎日新聞』 2010年12月9日付

これが言いたい:ローン化で若者に重荷負わせるのは愚策=宮本太郎

 ◇奨学金で機会の平等広げよ

 若者に学ぶ機会を広げ、未来を開くはずの奨学金制度が逆に彼ら彼女らの生活を圧迫している。国の奨学金の総額は1兆円に達し、現在奨学金を返済している利用者は273万人いる。そのうち3カ月以上の滞納者は21万人を超え、その延滞債権は、2629億円に及ぶ。

 日本学生支援機構は、滞納者からの取り立て体制を強化してきた。民間の債権回収業者への業務委託で頻繁な督促をおこない、現在返済中の利用者は延滞3カ月の時点で、個人信用情報機関に延滞者として通知し、法的措置も積極的にすすめる。先日私は、母子世帯の若いお母さんからメールをいただいたが、非正規職員になってから奨学金を返済できなくなり、厳しい返済計画の判決を受けて途方に暮れているという。

 なぜこんなことになってしまったのか。第一に、国の奨学金のあり方である。

 米国や欧州の奨学金制度では、返済の必要のない給付が手厚いのに対し、日本ではすべて返済が必要な貸与である。しかも、無利子貸与に対して有利子貸与の比重が増し、現在では、財投機関債を財源に組み込んだ有利子貸与が、無利子貸与の3倍の規模だ。構造改革路線のもとで、奨学金制度に投資事業としての効率性を求める圧力が強まり、有利子貸与の比重が増大し続けたのである。

 第二に、日本の高等教育支出における私的負担の重さが重なる。日本では、高等教育に対する公的支出が国内総生産(GDP)比で0・6%と経済協力開発機構(OECD)平均1・2%の半分であり、加盟国中で最低の水準である。私的負担が重いため、奨学金に対し大きな需要がある。その結果、多くの若者たちが、大学を卒業する段階で数百万円の借金を背負うことになる。

 第三に、その借金を背負った若者たちに仕事がない。10月1日段階で新卒者の内定率は57・6%と史上最低だ。大学卒業者でも初職から非正規であるものが2割を超えている。6カ月以上の滞納者を対象とした日本学生支援機構のアンケート調査によれば、滞納者のなかでアルバイト、無職、休職中が56%になり、あるいは年収300万円未満が87%に達する。働き、返したくても困難なのだ。

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 これに対し諸外国の動向を見ると、構造改革路線がモデルとしてきた「小さな政府」のアングロサクソン諸国を含め、奨学金政策には特段の力を注いでいる。機会の平等を重視する米国は、500万人以上に給付型の奨学金を提供している。またイギリスやオーストラリアなどでは、卒業後の所得に応じて返済額を決める仕組みを導入し、大学進学への壁を低くしている。

 「大きな政府」の北欧諸国が高い国際競争力を維持する背景にも、奨学金など国民の能力開発に向けた政府支出の手厚さがある。スウェーデンでは、大学教育を無償とした上で、生活費給付として奨学金を提供する。若者たちは、高校を卒業していったん職業生活を体験し、その上で目的意識をもって大学に入学することが可能になる。

 各国は奨学金を、グローバル経済のなかの人的資本戦略の基軸と位置づけていると言える。

 もちろん、手厚い奨学金だけですべてうまくいくわけではない。雇用と教育の制度転換を進め、若者が能力を高め発揮できる社会の構築とつなげることが大事だ。金融・投資の一分野として若者に負荷をかけ続けるとすれば論外で、天下の愚策である。

 ◇人物略歴
 みやもと・たろう ストックホルム大客員研究員などを経て現職。政府の新成長戦略実現会議メンバー。

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